第144話:攻防の極点、紙一重の誘い
炎が立ち昇るような勢いで、二人は立ち上がった。
腹の芯を揺さぶる咆哮が武道館に響き渡り、観客の視線を二人の中心へと釘付けにする。
しかし、そこから始まったのは、怒濤の連撃ではない。
じわり、じわりと、互いの喉元を突き合うような、密度の濃い「攻め」の応酬だった。
一瞬でも迷いを見せれば、その瞬間に斬られる。
その確信が、二人の動きを極限まで研ぎ澄ませていた。
竹刀が交差する。
互いに中心を譲らず、揺らぎを見せないまま、間合いだけが静かに詰まっていく。
打突の機会を窺いながらも、引き鉄は引かれない。
決定的な隙がないまま、二人は再び間合いを切った。
(打とうとしたら、打たれていたか……)
大月は、底の見えない佐伯の構えに微かな戦慄を覚える。
(この程度では、動かないか……)
佐伯は、大月の石のように動じない心に、冷たい汗をにじませた。
均衡を破るべく、佐伯が仕掛ける。
すっと右足を前に出し、打突を誘う。
大月の身体がわずかに反応しかけるが、寸前で踏みとどまる。
佐伯の右足が元に戻る。
(危なかった。あそこで乗せられていれば、終わっていた……)
大月の額から、一筋の汗が流れ落ちる。
今度は大月が動く。
右足を浮かせ、滑るように滑らかに前へ出る。
佐伯は、前に飛び出そうとする本能を理性で抑え込み、大月が「打ち切る」瞬間を待つ。
しかし、大月の上半身は微動だにしない。
(動かない……機会が、ない……)
佐伯は、己の神経が削り取られていくような焦燥に襲われた。
お互いに右足一本に全神経を乗せた攻防。
「攻め」と「誘い」は表裏一体だ。
先に我慢の限界を迎えた方が、奈落へ落ちる。
二人はその残酷な真理を理解していた。
初太刀すら出ないまま、終わりのない攻め合いが続く。
三人の審判の目までもが、その攻防に吸い寄せられていく。
この極限の緊張がいつ弾けるのか――
会場中が、呼吸を忘れてその一瞬を待っていた。




