第142話:凍てつく意志、サラブレッドの眼光
凛の試合への惜しみない歓声が、武道館の天井を揺らし続けていた。
その熱狂の渦中で、虎皇館監督・大河内は苦虫を噛み潰したような顔で試合場を睨みつけていた。
不甲斐ない藤田と樋口を怒鳴りつけたい。
だが、今の彼にはそれができなかった。
会場の空気は完全に明鏡館に傾いている。
虎皇館が主催するこの大会で、もし自分が仁義に反する振る舞いを見せれば、待っているのは周囲からの冷ややかな批判だ。
己の肥大化したプライドを守るための、沈黙だった。
大河内は震える拳を握りしめ、絞り出すような声で大月に告げる。
「お前は……俺を、失望させるなよ……」
その声には、かつての絶対的な王者の威厳はなく、どこか縋るような卑屈さが混じっていた。
だが、大月は。
「はい」
一点の揺らぎもない、感情を排した返事のみを返した。
虎皇館という檻の中で、感情は無用だ。
大月はそう割り切ることで、己の強さを保ってきた。
割り切れない者が、一人、また一人と壊れていく光景を、彼は誰よりも見てきたのだ。
かつて逃げ出した守屋潤を見つけた時、大月は鷹司に遮られながらも、守屋に戻ってくるよう伝えようとした。
だが、今――
再び剣を手に取り、生き生きと戦う守屋の姿を見た時、大月の胸に湧き上がったのは「嬉しさ」だった。
同時に、縛られることなく自由を謳歌するかつての同胞を、少しだけ、羨ましく感じてしまった。
守屋を見つめていた大月の視線が、ゆっくりと対戦相手である佐伯へと向けられる。
その瞬間、大月の瞳から一切の感情が消えた。
ただ、目の前の相手を倒す。
それだけの純粋な意志が、大月の心から余計な雑音を塗りつぶしていく。
静寂を纏ったサラブレッドが、静かに開始線へと歩みを進めた。




