第119話:一振りの執念
「二本目!」
審判の声が無情に響き渡る。
(よく粘ったが……もう終わり。タイムオーバーだ)
樋口は確信していた。
視界の端で、時計係が時間切れを告げる黄色旗を手に取る姿が映る。
しかし――中村は諦めていなかった。
(あと一振り……。この一振りに、すべてを懸ける!)
中村の瞳に、再び鋭い火が灯る。
それは焦りからくる曇りではない。何千回、何万回と繰り返してきた「自分の剣道」への純粋な信頼だった。
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中村の右足が、鋭く床を叩く。
剣先を樋口の喉元へ一直線に突き出す、刺し違えるほどの気迫を込めた攻め。
(来る……!)
樋口は反射的にその重圧を嫌った。
中村の竹刀が自分の中心を割ってくるのを防ごうと、中村の剣先を上から力で『抑え』にかかる。
その瞬間を、中村は待っていた。
相手が「抑えよう」と力を込めたとき、そこには必ず、わずかな居つきと逆方向への隙が生まれる。
中村は抗わず、竹刀に込めていた力をふっと抜いた。
樋口の竹刀が空を切るようにわずかに沈んだ刹那。
中村は自身の竹刀を下から小さく、鋭く、反転させた。
樋口の竹刀の「表」から「裏」へと、最短距離でくぐり抜ける螺旋の軌道――。
「面ぇぇい!!」
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空気を切り裂く咆哮とともに、中村の体が弾け飛んだ。
樋口が竹刀を戻そうとした時には、吸い込まれるような軌道を描いた剣先が、その脳天を真っ向から捉えていた。
――パァァンッ!!!
乾いた破裂音が、武道館の高い天井にまで反響した。
「面あり!」
「裏面だと……!?」
裕一が思わず立ち上がり、驚愕の声を上げた。
直後、試合終了を告げる笛が鳴り響く。
中村は土壇場、執念の一撃。
絶望的な流れを、自らの手で引き分けに持ち込んだ。




