第107話:静かなる龍、虎の城へ
早朝。冬の冷気に包まれた会場の駐車場に、一台の白いミニバンが滑り込んだ。
自動ドアが静かに開くと、そこから降り立ったのは、飴色の生地胴と銀色の刺繍が光る新しい道着を纏った、明鏡館の五人だった。
「……すごい熱気だな」
瞬が会場を見上げて呟く。
全国から集まった強豪たちの気迫が、霧のように立ち込めていた。
かつての彼らなら、この空気に呑まれていただろう。
だが今の彼らは、冷たく澄んだ湖のような静寂を、その身に宿していた。
「桐谷!」
聞き慣れた声に振り向くと、そこには仁明館のメンバーがいた。
「加賀谷くん、茜ちゃん!」
凛が手を振ると、中村が満面の笑みで駆け寄ってくる。
「凛ちゃん、その道着……銀色の刺繍、すごく綺麗じゃわ!」
「茜ちゃんたちも……。やっぱり、試合用を着ると雰囲気が変わるね」
言葉を交わす彼らの横で、康介と宇佐美が短く視線を交わした。
「……準備はいいか、成瀬」
「はい、宇佐美館長。全てをぶつけます」
二つの道場が合流し、一つの大きな「流れ」となって会場へ足を踏み入れる。
周囲の強豪校が、名門・仁明館に気付く。
そして、その隣に並び立つ無名のはずの明鏡館が放つ「隙のない佇まい」に、思わず道を開けた。
*
そして、開会式。
数百人の剣士が整列する中、中心には純白の道着を纏った虎皇館がいる。
正面の演壇には、大会長として大河内が傲然と鎮座していた。その眼光は、会場のすべてを支配しようとする猛禽のそれだ。
「……前年度優勝、厳武館道場。優勝旗返還!」
アナウンスと共に、一団の先頭から一人の少年が歩み出た。
黒い漆塗りの防具を完璧に使い込み、一切の無駄がない歩法。
彼こそが、昨年この大会を制し、大河内が苦渋を飲んだ厳武館の大将・大和だった。
大和が優勝旗を返還し、大河内と深く礼を交わす。
(あれが……去年のチャンピオン……)
瞬は、隣に整列する仁明館の視線が鋭くなることに気がついた。
会場中の強者の視線が、返還された優勝旗に集中する。
『栄冠を手にするのは、自分たちだ』
大河内の視線が、ふと明鏡館の列に止まった気がした。
康介の教え、宇佐美の導き、そして親たちの祈り。
それらすべてを背負った五人の銀色の刺繍が、体育館の照明を跳ね返して鋭く光る。
「始まる……あの旗を手にするまで、前に進み続ける」
瞬の静かな一言に、四人が深く頷いた。
地鳴りのような拍手の中、虎皇旗を巡り、命を燃やす時が今、始まった。




