第104話:一瞬の輝き、一生の絆
虎皇旗に向けて、明鏡館の稽古は一段と熱を帯びていた。
その輪の中には、時折、杉森の姿もあった。
彼は仁明館の中村茜の所作を目の当たりにし、心底感銘を受けたような吐息を漏らす。
「中村さん、素敵ですね……! ああいう方を、真の『大和撫子』って言うんでしょうね」
頬を赤らめ、憧れの眼差しで中村を見つめる杉森に、瞬が呆れたようにツッコミを入れた。
「お前、凛一筋じゃなかったのかよ」
「もちろん、凛さんは不動の本命です! でも、中村さんのあの作法、美しすぎて……」
「不純ですよ、杉森君」
佐伯の冷ややかな一撃が刺さる。
直後の稽古で、杉森は「大和撫子」こと中村に、文字通り完膚なきまでに打ちのめされていた。
*
そして、数度目となる仁明館への遠征。
その日の大将戦で、ついに「その瞬間」が訪れた。
大吾の鋭い踏み込みが、加賀谷のわずかな隙を捉えたのだ。
「メェェェン!」
快音と共に、審判の旗が上がる。
「よっしゃあ! ついに、ついに勝ったぞ!」
拳を握りしめ、子供のように飛び跳ねる大吾。
対する加賀谷は、しばらく呆然とした後、悔しそうに肩を落とした。
「……悔しいな。完全に一本取られた」
「何回試合したと思ってんだよ。たまには一回くらい勝たせろって」
大吾の軽口に、加賀谷は笑い返す。
「次は、絶対に負けんからな」
その光景を、宇佐美と康介が静かに見守っていた。
「成瀬、お前の弟子たち……本当に強くなったのぉ」
宇佐美の言葉に、康介は深く頭を下げた。
「すべては、宇佐美館長のご指導のおかげです。感謝に堪えません」
「ふん、おかげでウチの連中も良い刺激を受けて成長しとる。お互い様じゃよ」
老剣士の横顔には、良きライバルを得たことへの満足感が漂っていた。
*
帰り際、荷物をまとめる凛に、中村がそっと歩み寄った。
「凛ちゃん、高校はどこに行くか、もう決めてる?」
「高校? ……ううん、まだそこまでは全然考えてないかな」
突然の問いに目を丸くする凛。
すると、中村は真っ直ぐな瞳で続けた。
「私、凛ちゃんと同じ高校に行きたいな。そしたら、今度は一緒のチームになれるじゃろ?」
中村の思いがけない言葉に、凛の胸が激しく波打った。
(……一緒のチーム……?)
その瞬間、凛は一つの事実に気づいてしまった。
今の五人で、明鏡館として試合に出られる時間は、もう残りわずかなのだ。
これまで「今の仲間」と過ごす日々が永遠に続くかのように錯覚していた。
だが、剣道の道はその先も続いていく。
そしてそこには、必ず別れと新しい出会いが待っている。
中村の言葉は、凛だけでなく、側にいた瞬たちの心にも深く、鋭く突き刺さった。
凛は、溢れそうになる感情を抑え、満面の笑みで答えた。
「……うん。茜ちゃんと一緒なら、絶対に楽しい。約束だよ、同じ高校に行こう!」
中村の顔がぱっと明るくなる。
その二人の姿を、明鏡館と仁明館のメンバーは、どこか切なく、それでいて温かい眼差しで見つめていた。
決戦の地、虎皇旗。
それは彼らにとって、この最高の五人で駆け抜ける「最後の大舞台」へのプロローグでもあった。




