29…キュールとヴィカ(3)ご挨拶
久しぶりの旧知の知り合いとの再会で、感動のシーンかと思いきや。
それぞれがそれぞれらしさを出し、立ち会っている人間たちはあっけに取られている。
動物の姿なのがダメなのか、彼らの元来の性格なのか、一時騒がしいカオスな現場となった。
今は男性陣が話することを諦めて少し静かになったところだ。
「あんたたち神という特性を持っていて良かったわね。不細工は何かに秀でてなければ生きてる価値はないじゃない?」
馬が上から見下ろした視線の先には、反論に諦めた反すう中のヤギと尻尾を振っているミニブタがいる。
その隣でロナルドが興味深そうにニヤニヤとしながら会話を見ているのだが。
「……クヨミは引くぐらい相変わらずね」
「何だか安心するわね!」
クヨミはちょっと嬉しそうに、一筋三編みになっている尻尾を振った。
尻尾を全て三編みにしてオシャレにするのだとティアナが張り切っていることを、これまた嬉しそうにキュールとヴィカに教え始めた。
ティアナがそっとクヨミの隣に来て、鼻歌交じりにブラッシングの準備をしている。
人をあまり寄せ付けないクヨミが受け入れている様が信じられないと、キュールもヴィカもティアナとクヨミを交互に見ている。
どこからともなくクロードがティアナを手伝いに近付いてきたのだけれど、それもクヨミが受け入れている……キュールとヴィカの目は忙しそうだ。
「とにかく、何だか楽しそうに暮らしてるのね」
キュールはクヨミにそう言うと「あの子も良い子よね」と付け加えて懐かしそうに微笑んだ。
そして、次はティアナへ話しかけた。
「知ってる? 人の性格って、その人間が安心して生き延びるため獲得したものなの。生きるために必要だった行動をやり続けた結果、性格になるの。ティアナは優しくなったのね」
クヨミを丁寧にブラシしているティアナは、キュールの方へ向いて笑顔になって応えた。
それをクロードは真剣に見ている。
「ボルザークも同じようなことを言ってたわ。私は、優しくなるような環境だったことに感謝しなきゃ」
ブルルッと馬のように鼻を鳴らして、クヨミが誇らしそうにキュールに視線だけやってニヤリとしている。
「この子はあいつと違って純粋に優しい子なのよ」
ヴィカがバサバサと羽を鳴らしてクヨミの背中に飛び乗り、ティアナとクロードに向かい合った。
「良い子すぎるのも心配よ……そうだ、自分を知りなさい! 自分を知れば、強くなれるから」
「自分を知る……?」
「そう。自分は最大の味方でもあるけれど、時に敵にもなるわ。そうなるもの……苦手なものを知り、理解しなさい。そうすれば対策が練れるでしょう?」
「……」
興味深そうに聞くティアナとは対照で、クロードは何か思うところがあったのだろう、黙って考え始めた。
隣でおとなしく話を聞いていたティアナが、神妙な面持ちでつぶやいた。
「お母様でいう、あの虫ね」
そう言うティアナも話題に出すのも嫌なくらい大の苦手なのだけれど。
「通りで! 苦手な虫についての対応が素早いのはそういうことか」
向こうの方でボルザークたちと遊んでいたロナルドは、母親の行動について非常に納得しながら、あちらの方からティアナと目を合わせた。
皇妃は生き物は好きだけれど害虫だけは大の苦手で、類い稀なきれい好きと知られている。
そんな彼女は、なぜか彼らの特性を熟知しており、現れでもしたら、その周辺の気温を魔法を使って下げろとか、前方に捕獲器を置けとか、的確な指示を出すのだ。
もちろん、それはそれは遠くから。
それだけではない、温度と湿度が上がったら飛ぶ、前にしか進まない、真上には飛べない等々……嫌いなくせに誰よりも詳しいのだ。
「お母様は、不思議な人よね」
ティアナの発言は、以前のクロードだと同意するには少し違和感があったけれど、今はもう当然のように賛同してしまう。
未知の文字でパンケーキ店のカリンと手紙のやり取りを行っていたし、自分に対して皇族らしからぬ同じ目線で話しかけてくるし……皇族用の廊下に引きずり込まれた時に貴族としての人生の終わりを覚悟したのを思い出した。
懐かしくも今でもみぞおちがキュッとする感覚がする。
クロードは何とも言いがたい気持ちで、集っている様子を俯瞰している自分に少しの違和感を感じた。
「この面々で集まれる日がくるなんて」
そうクロードがつぶやくと同時に、驚いた顔になった。
今、自分はユスラで、口が開くままつぶやいた……と、確かにそう思っていたから。
顔が青ざめるユスラを、ティアナが心配そうにのぞき込んだ。
ロナルドが新たに2匹を皇城に住まわせようとしていたら「カリンのパンケーキが食べられないなんて、空気を吸えないのと同じよ!?」とキュールとヴィカが涙目で口を揃えて言うので、今まで通りカリンのもとで暮らすことになった。
今は、帰宅のために、ティアナとクロード、ロナルドと一緒に皇城内の最も広い廊下をやはり注目されながら歩いているところだ。
すると突然、キュールが尻尾と耳をピンと立てて立ち止まった。
ヴィカも同じ方向を向いて毛が逆立っている。
「「あーーっっ!!!!」」
2匹は叫ぶやいなや、皇城の広い廊下をわき目も振らず勢いよく走り始めた。
その先には、目を大きくした皇妃が侍女たちを従えてうろたえている。
侍女たちが必死に皇妃を守ろうと前に出ているが、動物に慣れていないため皆怯えていて、盾にも何にもならない……
2匹を止めようと、皇妃の子どもたちを含めた高貴な3人が走ったとて、もう遅い。
「お前っ! 皇妃だったの?!」
?!?!
思わぬ言葉に、3人ともが走る足を止めてしまった。
「最近、全っ然、来ないと思ってた! カリンの友だちね!!」
「えーっと、名前は……ああ、ボタン! だったわね?」
「「「……えっ?!」」」
皇妃を呼び捨てにしているが、周りにはただの鳴き声にしか聞こえないのでお咎めなしだけれど。
会話の内容に、3人は息を整えるのも忘れて固まってしまった。
そして、皇妃はというと、白目をむきそうになって天を仰ぐという、皇妃らしからぬ仕草をして侍女たちの度肝を抜いている。
はたから見れば、動物の襲撃に仰天している皇妃に見えなくもない。
幼い頃から皇族らしくと言われ続けてきたティアナとロナルドは特に、開いた口がふさがらない。
それにクロードを含めた大きな子どもたち3人は、初めて見る皇妃の姿に何が何やら分からず、ただぼう然としている。
「ああぁぁぁ、失敗した! やっちゃった! 来るから会わないようにって釘を差されたのに……」
皇妃はそう言うと、今度は下を向いて大きくため息のような深呼吸をした。
気まずそうにティアナたちに視線をやった後に、すぐに気を取り直して、キュールとヴィカに「お久しぶり」ときれいな所作で胸に手を置いて挨拶をしている。
そして、そっときれいな姿勢でティアナたちの方へ向き直し手を振った。
「……ええ、そう、少しお手伝いしてしまったカリンの友人は、私よ」
ティアナに似ているけれど、手の振り方は更に洗練された所作だし、皇妃の笑顔は周りの視線を掌握してしまう。
あっけにとられる周りをよそ目に、侍女に指示をしてティアナに手紙を差し出させた。
「本当はこっそり届けさせようと思ってたんたけど。読んでみて」
手紙の差出人はカリンになっている。
「あ、何か書いてあるわ……」
キュール
オマエヲ
ヴィカ
マッテイル
小声で「これは例のメッセージ? それにしても不穏……」とつぶやいたティアナを、皇妃は静かに見守っている。
全て読み終えたあたりで、別の侍女が少し大きめの木箱を持って一歩前へ進んだ。
皇妃はそれを自らの手で開けながら、興味深そうに娘たちの反応を見ている。
「オレンジと緑の杯……」
キュールが尻尾を振り、ヴィカは首を伸ばし、箱の中に視線をやっている。
それぞれが見守る中、2つの杯は楽しそうにキラキラ輝いた。
イツカドコカデ
キットカナラズ
ドゴウノモノ
マタアラワレルダロウ
リントシタツキノヘヤデ
オマエヲ
マッテイル




