30…閑話休題3・ロナルドの事情
ある日を境に、母は過保護ではなくなった。
皇太子である自分を大切にしているのかと思っていたが、姉さんに対しても過保護が過ぎる時もあった。
かと言って全ての時間が過保護というわけでもなかった。
時と場合があるらしい。
姉さんの場合は水場だ。
それは池や川等の外側だけに限らず、風呂についてもなのだから、成長と共にどうしたものかと思うようになった。
俺の場合は寝ても覚めても過保護だったが、特に魔法に関わる時だ。
「全般不得意なふりをしろ」「得意のものを隠すように」と、よく分からないことを約束させられた。
普通の母親は、息子の得意なことを喜んで披露しようとするものではないのか? そんな疑問を抱きながら、何か思惑があるのだろうかと母を観察するようになった。
けれど、やはり全く裏が分からない。
人前で常に完璧にしていて、でも本来の性格は何かしら抜けていて、本当に可愛らしい人だということしか分からなかった。
そんな母親が、突然、過保護ではなくなった。
未だに理由がわからないまま、平穏に暮らしている。
お茶を飲み終えて、ロナルドは前を向いた。
視線の先にいるティアナとクロードに、過去の話について最近考えていたことを口にしてみた。
「もしかしたら……父さんしか入れない書室に何かがあるのかもしれない」
そんな存在を知らなかったティアナとクロードは目を丸くしていたけれど。
「そこには……ロンは入れないの?」
「んー、俺が皇帝になれば入れるけど」
「聞こえが非常に物騒だな」
間髪入れずに突っ込んでるくのがクロードらしいなと思いながら、ロナルドは楽しそうに笑った。
「まぁ、今は違う方法を探すしかないか」
そんなことを言って、この話題は終わったのだった。
その時は。
「父さん、ユスラとセリーヌは何で隠されてるんです?」
執務のために大量の書類の前に座っていた皇帝がピクリと動き、明らかな動揺とともにロナルドの方へゆっくりと振り返った。
少しだけ、少しだけ話題に出してみようと……そんな軽い好奇心で聞いたロナルドは執務室の書類を運ぼうと立ち上がったのだが。
皇帝の態度だけで、聞いてはならないことを尋ねてしまったのだと察することができるくらい、丸わかりの態度で逆にロナルドが動揺しそうだ。
しかし、いつもはひょうひょうとしている父親が隠しきれない緊張をどうにかしようとしている姿を見続けると、ロナルドは妙に人間味を感じて急に力が抜けた。
今まで2人きりで対面すると、実はロナルドは常に緊張していたのだけれど、想定外の皇帝の姿のおかげで今は逆に非常に冷静だ。
いつになくロナルドは肩の力がぬけて姿勢良く立てている。
父親の応えを余裕を持って静かに待つことができるくらいに。
「……誰に聞いた?」
そう返すのが精一杯だったのだろう皇帝が「いや、聞けるはずがない」と小さくつぶやきながら、卓上の物を取り留めもなく触っている。
「父さん、明らかに何かありますね。そんな態度だ」
皇帝はロナルドを見ると、深呼吸のようにため息をつき姿勢を正した。
しかし、目線は明後日の方向だ。
「いいや?」
……一国の長がこんなに嘘が下手で大丈夫か?
その返事は無理があるだろうとロナルドは突っ込みたくてたまらないが、なぜか俯瞰してその場を見ている自分が面白くなった。
とにかく否定せねばと必死な皇帝は、威厳もなく、ただ小ざかしい。
ロナルドは生まれて初めて父親に対して苛つきを覚えた。
そして少し経つと、深い深い深呼吸のようなため息を長く吐いた。
「……いい加減にしろよ」
初めて耳にする息子の息子らしからぬ発言に、皇帝は目を大きくしてロナルドへ視線をやった。
「お前は今何を……」
そには、いつものにこやかな様子からは想像がつかない、目が座っている挑戦的な表情をしたロナルドが、魔力を練っていた。
「俺なら、ここの物を全て焼き尽くせる」
まるで悪役の言動をしている我が子が信じられず、父親は自分が息をしていないことに気付いていない……
そして、ロナルドの魔力に目を凝らし、皇帝の目がどんどん大きく開かれていく。
それもそのはず、ここは開国以来ずっと魔法が使えない空間にされている皇帝の執務室なのだ。
「こんな場所、少し考えれば魔法なんて使える」
「……は? そんなはずは」
ロナルドはいとも容易くできるように言っているが、ここは魔法大国の皇帝の執務室、最高の結界が施されているはずだった。
それを皇帝を含む全ての人が信じていたのだから、皇帝の驚きは尋常ではない。
「ロンは、魔法は、得意でないと、あらゆる者から聞いていたが」
「……とある人の提案で、不得意そうにしてきたけど。特に、魔法の解呪は超得意分野」
そんなふうに、ごちゃごちゃと話合い、もとい脅迫で、皇帝の口を割ったロナルドは皇帝専用の書室に入る権限を得ることができた。
さすがに、いくつかの条件をのむしかなかったけれど。
その部屋の存在や入り方を誰にも教えない、書籍は外部に出さない(出すと消滅するらしい)、内容を漏らさない、入室許可はロナルドのみで増やすことはない、といったものだ。
「はい、分かりました」
いつの間にか敬語に戻っているロナルドに、皇帝はけげんな顔を隠すことなく向けている。
「気味が悪いな」
「ははっ、失礼ですね」
ロナルドは、そんなことはお構いなしと通常の笑顔に戻ると、次はわざとらしくキレイなお辞儀を披露して、契約を促した。
皇帝専用の書室に入ると、奥の方にほのかに光を放つ扉があり、それはまるで長年待ちわびた人物の来訪を喜んでいるかのように見えた。
契約者にしか見えない扉だろうことはすぐ理解できたので、ロナルドは意気揚々と迷いなく入って行く。
「よし、片っ端から探すか! そして2人に報告だな。誓約されるかと焦ったけど、ははっ、口約束で助かったな」
……という、親との約束なんて、その場しのぎで破るためにあるようなものだと言わんばかりの大きな独り言を響かせつつ。
幼い頃から自分を大切にしてくれるティアナはロナルドにとって誰にも渡したくない大好きな姉で、今もそのままだ。
幼馴染として育ったクロードのことも弟というより双子のように思っているのに、最近ティアナとの距離が近すぎるように見えて、許容範囲を超えてきている。
しかし、よく分からないプライドが邪魔して何も言えないし、非常にもどかしい。
でもやっぱり2人とも大好きなことには変わりはないので、3人で不思議な体験をするなんて、好奇心旺盛なロナルドには大好物で、楽しいしかない。
それでも、何だか奥歯がむすがゆくて、何とも表現できない感情になるのだ。
言語化できない想いと向き合いながら、入ることを許された父親と自分にしか許されない部屋を見渡して、1番古い書物がありそうな一角を見つけた。
「よし! やるか!」
高級なお召し物を腕まくりして、清々しくも少し悪い顔をしながら、意気揚々と奥の方へと消えていった。
カチ カチ カチ カチ……
先ほどからずっと時計の秒針の音だけが静かに響いている。
「……」
非常に古い本を開いて、動かなくなったロナルド。
時間が経つにつれ難しい顔になり、ついには天を仰いだ。
「……これは、どうすべきか」




