27…キュールとヴィカ(1)灯台下暗し
「ニャーー」
猫の鳴き声がすると、ティアナが嬉しそうに顔を上げた。
20年前とは打って変わって、側にいる者はもちろん周囲の人間も何1つ恐怖で驚くことはしない。
「ルイ!」
ルイはさも当たり前のようにティアナへ飛び乗り、ティアナも当然のようにそのままルイを抱きかかえて歩き続ける。
「ごめんね、今日は街にお買い物に行くの」
「……ニャァ」
分かっているのかいないのか、ルイは小さく返事をしてからティアナに寄り添い身を任せた。
(「これは前から時々ティアナの膨大すぎる魔力を食うてくれとった。おかげでティアナは穏やかに過ごせとる」)
大賢者の言う通り、時折姿を見せてはティアナの魔力を吸収しているようだ。
まるで欠けているものを補おうとするように。
「今日はとってもにぎやかね」
「月1のマーケットが出てるからだな」
ティアナは、クロードとロナルドと3人で街にショッピングという名の視察に来ている。
というのも名目上で、歴史のある街のどこかに何かしらの神たちの痕跡があるのではないかと探索することにしたのだ。
例のふわっふわのパンケーキ店の近くを通りかかると、一瞬でティアナの目の色が変わった。
「あのお店のパンケーキ! 美味しかったわよね、クロ。本当に絶品なの! ね!」
ティアナがロナルドに説明するためにクロードを巻き込もうとしているけれど……
「あ、ああ」
目をキラキラさせながら話すティアナを前に、クロードはあの日は色々ありすぎて過去最も緊張していたから正直味を覚えていないなんて言えず、しどろもどろだ。
ロナルドは公務で行けず、1人置いていかれたことを思い出し、面白くなさそうにフンッと鼻を鳴らして店の方に視線をやった。
「それなら、今から行こう」
そこは予約必須の大人気のパンケーキ屋さん。
いやいや皇族とて無理だろうとクロードに止める隙も与えず、ロナルドが勢いよく店の方へ進んで行く。
もう少しで店の前に着くかというところで、店の横の細道からのんびりと店長のカリンが現れた。
ティアナもクロードも以前とは違った服装だけれど、カリンはクロードにすぐに気付いて手を振ってきた。
「あら! 今日はどうしたの? その格好はお忍びかしら」
「そんな感じです」
「そう、今日はにぎやかなのねぇ。んん? あれ、君はもしかして……ロナルド?」
一国の皇太子を捕まえて君呼びする、そんなありえない一般人を初めて見たクロードは冷や汗をかきながら目を白黒させている。
ロナルドが怪訝そうな顔をしたのは一瞬で、すぐに驚きの表情に変わった。
「え、カリンおばさん?!」
今度はロナルドがカリンを気軽に呼んでいる。
クロードだけでなくティアナまで驚いて、2人のやり取りをキョロキョロと眺めている。
その様子が面白くてしかたかないカリンだが、豪快に笑いながら「そうそう」と言いつつ身ぶり手ぶりでロナルドに謝っているようだ。
皇太子を呼び捨てにした謝罪のようだが、とてつもなく軽い。
こんな軽い謝罪を皇太子に対してできる人間は他にいるのだろうか……
そしてカリンは勢いよくクロードの方へ振り返った。
「この前、伝書鳩させちゃったお返しさせてよ! 店の奥に席作るから、良かったら食べてって!」
特に人に恩を売ったつもりはなかったクロード。
良い行いは結果自分に返ってくるものなんだなぁと思いながら丁寧にお辞儀をした。
その隣でティアナとロナルドはパンケーキにありつけることに大いに喜んでいる。
「今ちょうど休憩なのよ。出てきて良かったわ。ちょっと待っててね」
いそいそと店内へ入っていったカリンを見送りながら、ロナルドが小声で話し始めた。
「姉さんは会ったことないかもしれないけど、小さい頃、俺だけ母さんと一緒に何回か会ったことあるんだ。かなり仲良い友だち、みたいだった」
「どうやって知り合ったのかしら」
「そういえば……何で知り合いなんだ?」
姉弟で首をかしげながら話をしているうちに、店内が整い、3人はパンケーキにありつけた。
「カリンおばさん、あんな美味いパンケーキ作れるなんて天才だな」
「本当、今日も美味しかったわね! あんな山のようなクリームと食べる方法があるなんて。そしてやっぱり美味しい……本当に不思議だわ」
2人の隣りのクロードは、見たこともないくらいの勢いで頷いている。
ご機嫌な3人は、帰路につこうとしていた。
「……ルボロの……が……も近……しか……」
ルボロ……待ってるかし……
え、えぇ?!
一同が一斉に声のする方へ振り返る。
それを察したのか、声の持ち主たちの会話は止まってしまった。
確かに声が聞こえたのに、パンケーキの店の裏にペットもしくは家畜として飼われているだろう動物たちしかいない。
「あいつらしか……いないよな」
動物を気楽にあいつ呼びしていることに気付くことなく、クロードは辺りを用心深く見渡しながら会話していた人たちはいないか探してみた。
ティアナとロナルドはじっと動物たちを見ている。
クロードがいくら探しても、やはり動物しかいないので視線をそちらに戻すと、1匹と1羽は警戒しているのか先ほどから動かない。
人と動物がなぜか様子をうかがい見つめ合っている、そんな異様な空間ができあがった。
「なあ、今、ルボロって言ったよな?」
どんな時も静寂を破るのはやはりロナルドで、台詞と同時にためらうことなく動物たちの方へと進み始めた。
目を大きくしたティアナとクロードを置いて。
傍から見ると、皇太子殿下が気さくに動物に話しかけて近付いている、ちょっとおかしな光景だ。
いつもピシッとしている皇太子が、皇城外でらしからぬ行為をして何を噂されるかわからない……ティアナもクロードも慌てている。
大胆な行動をとる弟を、ティアナはまだ目を大きくしながら追いかけていくけれど、心ここにあらずで思考回路は止まっていそうだ。
「ロ……ロン? 待って?」
「ルボロとボルザークはうちにいるぞ」
ロナルドがそう言うと、動物たちの警戒が一層強くなった。
追いついたクロードが動物たちをしげしげと見つめて、少し冷静になれたのか装っているのか小さな咳払いをした。
「……犬と鶏、だな」
神と会った後に動物になった彼らと出会うものだと思い込んでいたティアナたち。
そのはずが、今回は最初から動物が登場しているので動揺を隠せない。
「話し方が女性だけど……今回は本当にどちらも女性よね。声が」
「そう……らしいな」
「そもそも……神なのか?」
犬と鶏が、こちらを見たまま視線を外さない。




