26…クヨミ(4)美しさと紙一重
「ねぇ、何なの! あの子、強すぎるわ」
クヨミが鼻息荒くユスラに迫ってきた。
ユスラはそれを軽くいなしながら、得意そうに笑みを浮べている。
「セリーヌは俺より強いかもな」
目ん玉が落ちそうなくらい目を大きくしたクヨミが絶句して、少し向こうから歩いてくる笑顔のセリーヌの方へゆっくりと視線を向けた。
乗馬用のような騎士のような服装で、片手には切れ味良さそうに輝く大型短剣をくるくる回しながら持っている。
「止めてよ! もう無理よ!! あの剣何?! 軽くないはずなのに、あの細腕でどうして扱えるの」
泣きそうなクヨミを鼻で笑いながら、ユスラはセリーヌに手を振った。
セリーヌは可愛らしく笑って応えると、その刹那クヨミに向かって走り始めた。
「ちょっ、速いしっ」
街から外れた場所まで走って逃げたけれど、最後はガシッ……と肩をつかまれ捕まってしまった。
クヨミは観念したのかションボリと動かなくなっている。
その姿にセリーヌは目を開いた後にクスクスと笑い始めた。
なかなか笑い終わらないセリーヌに、クヨミは不安になって動揺し始めた。
「待って、ごめんなさい。手合わせの後に、クヨミと話をしたいと思って」
あんなのが手合わせとかレベチ過ぎて本当に人間か? こっちは死ぬかと思ったわと脳内で突っ込みながら、クヨミはセリーヌの方を恐る恐る向いた。
やはり普通より非常に美しい人間の女性にしか見えない。
「人って怖い」
「何それ」
「外見だけで判断したらダメって学んだわ」
「……顔の造りで決まることは特にないと思うわ。でも、性根は表情として顔面に浮き出るものがあるとは信じてる」
「それよ、それ!」
「ある意味クヨミと同じ意見だと思ってたの。だから話してみたかったの」
「……そんなこと言う人間に会ったのは初めてだわ」
そして場面は変わり、皇城の裏にある草原になった。
今回はど真ん中ではなく、森の入口のような場所だ。
「これは例のあれだな」
「戻る前の儀式的なやつだろ? よし、次は何だろうな?」
クロードとロナルドが慣れたように会話をしているのを、ティアナはまだ実は緊張すると言い切れず静かにしている。
すると突然、近くの茂みから馬が現れ、3人に会話する暇も与えず体当たりした。
ドンッ
(リントシタツキノヘヤデ)
「とりあえずさぁ、何で当たらないと戻れないんだよ」
ロナルドがそう言いながら服の汚れを払って、ティアナを起こしに行った。
今回クロードは少し飛ばされたのか、離れた所にいて何かブツブツ言っている。
服を払って「月の部屋……そんな部屋あったかしら」とティアナが言いながら、座り込んでいる小柄な馬の方へ向かい、腰を下ろして優しく馬の背中をなでた。
「クヨミでしょう?」
ウマは返事をするように尻尾を数回パタパタと振って応えているようだ。
「信じられないかもしれないけど、ボルザークとルボロもいるのよ」
それを聞いて、ウマは耳をピンと立てて大きくなった目をゆっくりティアナの方へ向けた。
そして、お決まりのように広いボルザークの部屋へ案内したのだが。
カラン……
青い杯が落ちてコロコロと転がっていく。
ティアナが「待って待って」と追いかけて拾い上げた。
かつての知り合いのもとへ向かう途中、隠しきれない嬉しさに気付いていないのはクヨミ本人だけのようで、鼻歌でも聞こえてきそうなくらい尻尾をご機嫌に振っている。
そして、口には青い杯が。
クヨミはなぜか青い杯を非常に気に入ったらしく、大切にくわえて離さなくなった。
壊すこともないだろうということで、馬だけど大丈夫だろうと持たせることにしたのだが。
ボルザークとルボロを見た瞬間、驚きすぎて口を開けてしまい、大切な大切な杯を落としてしまったのだ。
そして開いた口が塞がらず、今に至る。
「よお」
「……なっ……何になってんの」
「答える義理もないわねっ」
クヨミの驚き様が気に入らなかったオスヤギが、プイッと立派な角を振り回しそっぽを向いた。
その横でルボロがクヨミの方へ進み、尻尾を振りながら楽しそうにクヨミを見上げた。
「ヤギにミニブタだな」
「お前は、お黙りっ!!」
叫ぶようにルボロを制止するボルザークを無視するように、クヨミが爽快そうに見下ろしながら2頭の周りを歩き始めた。
勝ち誇った顔をしていて、時折鼻で笑うようなこともして……
「まぁ、お似合い。良い様ね。私は美しい馬で良かった!」
「本当にきれいよね」
馬と言っても少し小柄で、ティアナでも背中が触れるくらいなので、クヨミに会うとうっとりとしながらよく撫でている。
本当にきれいだと思っているのだろう、クヨミが止まった途端に撫でようと手を伸ばした。
「まぁ……こ……わかる子ね」
「?」
「だって…………っ?! ……?! 何これ?! 喋れないんだけど?!」
クヨミを見上げて首が痛くなったルボロが、首を振った。
大きな耳も振られてペチペチ音を鳴らすと「……まるで豚ね」と焦っていたクヨミが冷静になった。
「お前だけじゃない。俺らも喋れなくなってる」
「ああ、なるほどね。あの子のせいね」
「あいつよ」
「あいつだな」
彼らの言う、あいつ、とは一体誰のことなのだろうかと人間3人が思案はするけれど、やはり答えにたどり着くことはできない。
ユスラかビアンキか、もしかしたらセリーヌか、まだ出会っていない誰かなのか。
3人の思いを知ってか知らずか、3頭たちの同窓会のような会話は続いていくはずだったけれど……
「ねぇ、クヨミは知ってた? ブタの陰茎って回旋してんのよ」
「はぁ? なに突然?! このヤギ、クッソ卑猥な話振ってきてんだけど」
ドン引きしたクヨミが怒りとともに尻尾をムチのように振り、表情もすごいものとなっている。
「ねぇ、何なの。本当に嫌なんだけど。ああぁぁ!! こんなの達と同じって本当に屈辱。今すぐ消えて無くなってくれない?」
「俺は何も言ってない」
「卑猥なネタを提供してる時点で同罪でしょーよ!!」
「ふふ、神様も大変ね」
クスクスと笑うティアナを見て、クヨミは一瞬だけ尻尾を振るのを止めて驚いたような泣きそうな顔をした。
それに気付いたティアナは哀しいような何とも言えない感情になり、クヨミの首をふわりと抱きしめようと手を伸ばした。
クヨミはすぐにいつもの表情に戻り、近付いてきたティアナの頭をわしわしとグルーミングして、ボルザークとルボロの方へ向いた。
未経験なことをされたティアナは、髪がボサボサのままフリーズしている。
見ていたクロードとロナルドがそっと近付いて、髪を戻そうとしたけれど、なかなか戻らない。
「相変わらずだな、俺は何も言ってないが」
「私の視界に不細工はいらない」
「あらぁ、自分を棚に上げてよく言えるわね」
「? 何でそうなるんだ? 不細工なんていないだろ」
「まぁぁ何言ってんの、このブタ。イケメン以外が不細工って決まってんでしょ」
「……この立派な美脚でお前たち蹴って良いかな」
「あら、美脚がもったいないわよ。でもそうね……もしあなた達が何かしたら、私がぶん殴ろうかしら」
動物たちが驚きの顔でティアナへ振り返った。
可愛くない強力な魔力を込めた彼女の拳にした片手を見て、一瞬で顔が強張ったけれど。
それを見てクロードとロナルドが嬉しそうに笑っている。
部屋の隅で、青い杯が静かに優しく輝いた。




