25…クヨミ(3)畏怖は
ルボロは今の姿でもすごいのか問題はさておき。
今、ティアナは非常に困った状態になっている。
本来なら絶対にしないであろう、クロードの膝乗りをしている最中で、緊張で限界がきて魂が抜けそうだ。
「建国としては何とかなったな……あとは法や街の整備の大詰めだな。あと少しでルボロたちが来るから聞くか」
と、何気ない顔で話をしているが、クロードもティアナ同様ド緊張で本来ならば汗が止まらないはずなのに、汗がでない現状を受け止めきれていない。
なぜユスラはこんなにも平然と愛しのセリーヌを膝に抱きかかえることができるのか、理解できないクロード。
この2人の接近を、本来なら邪魔したり離したりするはずのロナルドは、笑顔で対応しているところだけれど、心の中はクロードへの罵詈雑言であふれている。
セリーヌとユスラはなぜこうも密着することが常なのかと、三者三様で悩むことになろうとは……
ロナルドとクロードは幼馴染で、ティアナとも同様に小さな頃から一緒にいることが常ではあるけれど、ロナルドとしてはクロードが最年少だから許してきたティアナとの距離感というものがあるらしい。
ルボロに付いてボルザークとクヨミもやって来た。
ユスラの膝に乗ったままだけれど、セリーヌがルボロと話しているとボルザークが大きくため息をついた。
「あんたねぇ、セリーヌからもう少し離れなさい! ほら、もぉぉユスラがめんどくさいことになるわよっ」
それにクヨミも加勢しようと、ルボロの方へ向いた。
「そうよ! お前のせいで私たちが巻き込まれるなんてゴメンよ」
ルボロはハハッと笑った後「大丈夫だろ」とユスラを見ながらのんびり構えている。
「まぁ、ユスラが好きってことはセリーヌはイケメン好きだろうから、お前たちは無いわね」
「はぁぁ?! なぁに? クヨミ、あんた私にまでケンカ売ってんの?」
「不細工は何かに秀でてなければ生きてる価値はないわよ」
クヨミはフンッと胸を張って威張るように言い切った。
ボルザークもルボロも何度も聞かされてきた文言に、あきれ顔でクヨミを見ている。
「顔で決まることは何もないがな」
「本っ当、やだやだ、お前の考えは下衆すぎるわ」
「私が私に正直に生きて何が悪いの?」
「堂々と言える勇気は称えるわ。でもね、それとこれとは話は別よ! 炎上案件よ!」
「ははっ、確かに」
いや笑ってる場合ではないだろうと、一同が突っ込みたいのにできないもどかしさを感じていると、その横でボルザークがルボロに指をさした。
「そもそも、あんたがセリーヌに近いからこんな話になったのよ」
ボルザークが物凄い歪んだ顔でルボロにメンチを切り始めた。
「ははっ、面白い顔だな」
「ああぁぁ?! お前、美の神とまで言われてる私に何ってことを!!」
「一部で、だな。今の顔すごいぞ」
バンッ
泥パックでもできそうなくらい滑らかな上質な泥を、ボルザークが一瞬で出現させてルボロの顔面に投げつけた。
「毎度肌に良さそうだな」
顔に付いた泥を取りながらケロッとしているルボロをみて、ボルザークはチッと舌打ちした後に次から次へと泥をルボロへ打ち付けていく。
ルボロはというと、避けながら当たりながら、時々反射させて正確にボルザークに返したり、なんだか楽しそうにしている。
来賓室で。
2人の神が泥々になってきて、名実ともに泥仕合だ。
……来賓室で。
それを距離をおいてドン引きしながら見ていたクヨミに、ユスラの膝から立ち上がったセリーヌがそっと近付いて話かけた。
「ねえ、何あれ。絵面きたなっ」
「あれね……いつもよ」
「悠久での知り合いが限られているのは辛いわね。ごめんなさい、私は有限の命で良かったわ。あなたにとって永遠の試練ね」
クヨミがキョトンとして、愉快そうに笑い始めた。
「ふふ……試練って何それ。人間に同情されたの初めてだわ」
セリーヌとクヨミが笑い合っていると場面は急に変わり、ティアナとクロードとロナルドの3人はセリーヌの部屋に戻ってしまった。
「とっても、とっっても疲れたわ……」
淑女らしからぬ勢いでソファに座ったのはティアナだけでなく、クロードもロナルドも肩を落とし何も無い床を見つめながらドカッとティアナの隣りに座り込んだ。
「……彼らの会話でお腹いっぱいなのは私だけかしら」
「「俺も」」
なかなか長いため息をついてしまったクロードが、勢い良く髪をかきあげて疲れ切った顔を露見させた。
「あの掛け合いを、よく悠久の時の中やってるよ」
「あーー俺は絶対無理! 飽きるだろ?!」
一瞬「そういう問題か?」とクロードは言いたかったけれど、余程疲れているのだろう突っ込む気力がない。
「クヨミは一瞬で消え行くような命の短い人間に対して同じ目線で対抗するなんてって……最初は思ってたわ。腹立たしさもあった。でも」
ティアナが人のあれこれに対して物言うことが珍しく、その上いつになくじょう舌で、男2人はあっけに取られつつ聞き入っている。
「あのね、もちろん顔の良し悪しで決まることは何もないと思うの。でも、性格は表情に出るものがあるわよね。だから、そういうことなのかしら……と思ったの」
意外にもクヨミを擁護しているし、自分を納得させようともとれるティアナの姿を、2人の男たちは不思議そうに眺めていた。
すると、突然、また場面が変わった。
またかと3人が辟易としていると、先ほどの場面の続きであることに気付いた。
今までとは違った戻り方に驚きたいところではあるけれど、やはり時は刻々と進んでいく。
セリーヌとクヨミが笑い合っていると、クヨミがいつものようにセリーヌに絡んでいると勘違いしたボルザークが鼻息を荒くしてクヨミに詰め寄った。
泥が付きたくないセリーヌとクヨミは少しずつ後退りしている。
「あんたねぇ……もう絡むのやめなさい! 生まれながらにこんな気遣いができて良い子なんていないわよ。それなりの経験してるから、よく出来た人間になってんの!」
「……」
もうボルザークの泥にしか目がいかないクヨミは顔を引きつらせながら返事に困っている。
「性格はね、その人間が生きていくために生き抜いてきた結果の習得物なのよ」
「ふん、もう分かってるわよ」
聞こえるか聞こえないかの小さな声で「いい子なことくらい」とクヨミは付け足してきた。
「んまぁぁぁ!! ほんっとう素直じゃないわね」
「うるさい。黙れ、ドブス、不細工」
セリーヌのことを言って小っ恥ずかしくなったクヨミは、泥のことを忘れしまいボルザークに凄みにいき始めた。
「ああ?! お前に言われたくないわ! それに私は美形なのよ」
「私に言われるくらいドブスって気付け」
「ほんっっとう、あんた嫌なヤツね」
「はあ? お前の」
パンッ!!
突然、魔力を弾いた音が響いたので、一同は一瞬で警戒態勢になり静まり返った。
「あら、どっちもどっちよ? くっそ醜いから黙りなさい」
声の持ち主は最初は優しく喋っていたのに、途中から美しくも怖ろしい声を披露した。
その場にいる全員が、これでもかというくらい目を大きくして発言者の方へゆっくり振り返る。
そこには頬に手を添えて困ったような佇まいで、いつも以上に美しい笑顔のセリーヌがいた。
「やめないと、お前たち全員ぶん殴りに行くから」
喉元に親指を立てた美人が、恐ろしい笑顔で皆を見た。
よく見ると、いつの間にか手に短剣を持っている。
殴りに行くと言っているけれど、殴るのか斬るのか、はたまた両方なのか、なぜ全員なのか……
そんな突っ込みすら許されない雰囲気の中、誰一人言葉を発することはできない。
そんな最中、静かにクヨミとボルザークが不思議なジェスチャーのようなことをしている……顔で。
(……さっきの私の発言を撤回する)
(奇遇ねぇ、私もよ)
セリーヌの笑顔と短剣が向けられていることに気付くこともなく。




