第5話 見守りの哲学 ——揺らぎを止めてはならない
≪陽子の祖母から陽子へ、陽子から澪へ伝えられた言葉≫
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羽鳥家の哲学の核心は、口伝によって代々継承される。
文書にできないもの——感覚として伝えるべきもの——は、言葉で語られ、語られ た言葉が身体に入っていく。
以下は、陽子が澪に語った言葉だ。
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「境界はね、呼吸するものなのよ。
呼吸しているから、揺れる。
揺れているから、どちらにも属せる。
どちらにも属せるから——失われたものが、向こうで続けられる。
異界はね、『余白』なの。
余白があるから、書き直せる。
余白がなければ——消えたものは、本当に消えてしまう」
——羽鳥陽子(如月澪への談話)
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「余白」という言葉は、神代重工の「バックアップ」という概念と重なる。
しかし陽子は「バックアップ」という言い方を好まない。
「バックアップ」は「管理されるもの」であり、「余白」は「在るもの」だからだ——と、陽子は言う。
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「揺らぎを止めようとする者は、必ず間違える。
なぜかというとね——
揺らぎを止めた瞬間、境界は『壁』になる。
壁は保護しない。壁は分断する。
分断された世界では、向こうに流れたものは戻れない。
そして向こうが満ちてくると——
壁は、外側から壊れる」
——同上
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神代朔也の実験が最終段階に近づいた時、澪は陽子にこう問うたという——「なぜ今まで止めなかったのですか」。
陽子の答えは、この哲学の全てを表していた。
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「止めることと、見守ることは——違う。
羽鳥家は止める権限を持っていない。
見守る責任を持っているだけ。
見守った結果、動かなければならないと分かった時——
動く。でもそれは、羽鳥家としてではなく、
私個人の選択として動く。
......難儀だわね、この役割は」
——羽鳥陽子
> ★ 澪の付記
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> 「難儀だわね」——陽子がこの言葉を言う時、出雲方言が微かに混じる。
> 陽子は気づいて、すぐに標準語に戻す。
>
> でも——その一瞬の訛りが、
> この役割の重さを、全て語っていると私は思う。




