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鏡淵の調律 外伝 羽鳥家始源記  作者: ちとせ鶫


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第5話 見守りの哲学 ——揺らぎを止めてはならない

≪陽子の祖母から陽子へ、陽子から澪へ伝えられた言葉≫


     * * *


 羽鳥家の哲学の核心は、口伝によって代々継承される。

 文書にできないもの——感覚として伝えるべきもの——は、言葉で語られ、語られ た言葉が身体に入っていく。

 以下は、陽子が澪に語った言葉だ。


     * * *


「境界はね、呼吸するものなのよ。

呼吸しているから、揺れる。

揺れているから、どちらにも属せる。

どちらにも属せるから——失われたものが、向こうで続けられる。


異界はね、『余白』なの。

余白があるから、書き直せる。

余白がなければ——消えたものは、本当に消えてしまう」


——羽鳥陽子(如月澪への談話)


     * * *


 「余白」という言葉は、神代重工の「バックアップ」という概念と重なる。

 しかし陽子は「バックアップ」という言い方を好まない。

 「バックアップ」は「管理されるもの」であり、「余白」は「在るもの」だからだ——と、陽子は言う。


     * * *


「揺らぎを止めようとする者は、必ず間違える。

なぜかというとね——

揺らぎを止めた瞬間、境界は『壁』になる。

壁は保護しない。壁は分断する。


分断された世界では、向こうに流れたものは戻れない。

そして向こうが満ちてくると——

壁は、外側から壊れる」


——同上


     * * *


 神代朔也の実験が最終段階に近づいた時、澪は陽子にこう問うたという——「なぜ今まで止めなかったのですか」。

 陽子の答えは、この哲学の全てを表していた。


     * * *


「止めることと、見守ることは——違う。

羽鳥家は止める権限を持っていない。

見守る責任を持っているだけ。


見守った結果、動かなければならないと分かった時——

動く。でもそれは、羽鳥家としてではなく、

私個人の選択として動く。


......難儀だわね、この役割は」


——羽鳥陽子




> ★ 澪の付記

>

> 「難儀だわね」——陽子がこの言葉を言う時、出雲方言が微かに混じる。

> 陽子は気づいて、すぐに標準語に戻す。

>

> でも——その一瞬の訛りが、

> この役割の重さを、全て語っていると私は思う。

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