第15.5話 最後の鳥(幕間)
朝は、やけに澄んでいた。
町はまだ目覚めきっていない。パン屋の煙突から細い煙が上がり、通りを掃く音が遠くで響いている。
ルーミアは、宿の窓を開けていた。
「……来るかな」
ぽつりと呟く。
ノエルは荷物を整えながら肩をすくめた。「来るときは来る。来ないときは来ない」
軽い言い方だったが、二人とも“待っている”ことは否定できない。
やがて。
空を横切る、小さな影。
「……」
ルーミアの目が細くなる。
灰色の羽。胸元の白斑。色観の印章が足輪に光る。
鳥は迷いなく宿の窓枠に止まった。
「おはよう」
ルーミアが静かに言うと、鳥は一度だけ首を傾げる。
足輪から小さな封筒を外す。封は簡素。赤の刻印はあるが、以前より小さい。
ルーミアは、ゆっくりと開いた。
中身は、短い。
──
観測優先区域における褪色進行のため、当面の個別依頼は停止する。
現地での独自行動は任意とする。
必要時のみ連絡を行う。
──
任意。
その二文字が、やけに軽い。
「……なんて?」
ノエルが訊く。
ルーミアは紙を渡した。ノエルは目を走らせ、すぐに畳む。
「停止、ね」
「うん」
怒りはない。失望もない。ただ、静かな空白。
鳥はまだ窓枠にいる。
「……しばらく来ないかもね」
ルーミアが言う。
ノエルは頷く。「そうでしょうね」
ルーミアは、鳥を見つめた。
「ありがとう」
誰に向けた言葉かは、曖昧だった。
鳥は小さく羽ばたき、空へ戻る。旋回はしない。迷いもない。まっすぐ遠ざかる。
その背を、ルーミアは目で追う。
いつもなら、次の町でまた会えると思っていた。
今は違う。
空は広く、鳥は小さく、やがて見えなくなる。
「……行こうか」
ルーミアは窓を閉めた。
「依頼がなくても、色はある」
ノエルは短く笑う。「ええ」
二人は宿を出る。
誰も知らない。
この朝が、“最後の鳥”だったことを。
依頼は止まる。
観測は続く。
だが、ルーミアに直接届く翼は、もう飛んでこない。
それでも旅は続く。
依頼のためではなく、
命令のためでもなく、
ただ——目の前の色のために。
面白ければ、ブックマーク、評価をいただけると励みになります




