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フルン26歳、晩夏。〜白昼夢〜

「信じられない…、夢みたいだ」


 その時の衝撃と感動を言い表す言葉を、ぼくは知らない。

 バスケットの中にきれいに収まっていたのは、色鮮やかな層をなす三角形と皮がついたままカットされた芋。幸福な夢で見たそのものが、実体を伴って現実に現れたのだ。繰り返し見る夢の中の出来事が此れ迄にないくらい鮮明に思い出され、夢うつつの心で何かを口走ったのだろう、何処か遠いところから不明瞭なぼくの声が聞こえた気がする。


「はい。ぼーっとしてるとお昼休憩終わっちゃいますよ?」


「あ、ありがとう」


 手のひらにそっと置いてくれたサンドイッチは、夢よりも一回り小さい気がした。実際に小さいのか、ぼくが大人だからなのか、わからない。


「すごい。パンが焼いてあるからかな、普通のサンドイッチと全然違う」


 大きな口を開けなければ食べられない分厚いサンドイッチは、パンが香ばしくサクサクとしていて、色んな具材の味と食感とが口の中で調和する。どれほど気取った紳士淑女でも、陰でこっそり食べたくなること請け合いだ。夢の力もあるだろうけれど、初めて味わったそれは、夢みたいにおいしかった。ソースがピリッと辛いのにも、何故だか懐かしさを覚えた。


「そっち、少し貰っていい?」


「良いですよー」


 全く意図しない言葉が口から飛び出した。そうして差し出されたサンドイッチに考えるより早く体が動いて、首を伸ばしてぱくりと頬張る。普通で考えたら非常識極まりないその言葉が、行動が、驚きも嫌悪もなく普通に受け入れられた事実に擽ったさと充足感を覚える。


「?、不思議な味がする。草っぽい香りもするね」


「ソーヤーさんと試作中の薬草パンです。今年は色々なものが豊作で嬉しい限りなんですが、次から次にすくすく成長するものでお茶や調味料に加工する分も多くて。だったらパンにしてみようって事で」


「へえ、面白い」


「薬草をパンに、ですか?」


「乾燥させた後に挽いて粉状に加工してますので工程自体は簡単なんですが、水や他の材料の配分で試行錯誤中です」


 せっかく良い気分だってのに彼女に話しかけてくる兄さんが邪魔だな。兄さんだけじゃない。助手も、父さんも、他の人間も、みんな居なくなって世界に2人きりになれば良いのに。


「そうだ。フルンお兄ちゃん、薬草パンのアドバイザーになってくれません?」


「ぼくが?でも、ぼく、薬草はちっとも」


「だからこそ公平公正な視点で判断できますでしょう?パンとして食べた時に、もっとこうしたら好みだなって意見が欲しいんですよ」


「それなら、うん。謹んで拝命致します、ぼくのお姫様」


「では、貴方の良心に従い貴方のもつ自由をもって、このプロジェクトを共に成功に導きましょう!」


「そこは“主への忠義”とか“我に仕えよ”、じゃない?」


「そんなのあったら意見が出しづらそうですもん。家族なんですから協力し合う感じでお願いします」


「家族…。うん、そうだね」


 ああ、マドレーヌは何時だってぼくを喜ばせてくれる。ぼくの喜ぶものを知っている。彼女は、ぼくのすべてを知ってくれている。大人のぼくはそれを都合の良い思い込みだというけれど、実際に夢が叶って現実になったのだと子供のぼくが大声で笑い泣きしている。



「そうと決まれば。試しにもうひと口いかがです?」



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