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レオス・テュンダ60歳、晩夏。~東の姫君〜

「庭を、改装したいと」


「はい。届いた手紙に、上の姫君は庭に咲く草花から着想を得て織物の図案を編み出すと。ならば王国の様々な草花もあれば楽しみが増えるかと。また、下の姫君は乗馬にご興味のあるようで、香りの強い薔薇は馬が嫌いますので」


 実に理に適った理由を澱みなく申し立てるポルックスだが、どうすれば相手を自然に納得させられるか、幾度も頭の中で模擬訓練をしたのだろう、その言葉は平素に比べ余りにも滑らか過ぎた。


「そうか。手配する」


 義理の息子の変化に気付いたのは何時だったか。そう遠い事でもない。早くに子供と引き離され親しむ事の少なかった母はいつもの通り慈愛に満ちた微笑みを浮かべているが、気付いているのかどうか。


「ポルックス。上手くやれそうか?」


 その相手は、姿絵と手紙でしか知らぬ未来の妻か、それとも……。


 *****


「1人、侍女の姿が見えぬな」


「国から連れてきたあの女だな」


 王都邸ではなくわざわざカフェに繰り出して、大して旨いとも感じぬコーヒーを啜る。

 東の小国からテュンダ辺境伯家に迎えられた姫君が生国から帯同した側仕えは、当時の記録に拠れば10名。そのうち半数はテュンダ領の片田舎に用意された粗末な住まいに耐えきれず国に帰ったと()()()()()。だが、正式に辺境伯夫人となるに際して、本人やその娘孫が望むのならば呼び寄せようと足取りを追おうにも国に帰った記録は無かった。更に此の度、残った5名のうち1人が行方を晦ませた。此の事実が示す意味を、大事に至らぬ前に深く検討しなければならない。


「剣の道しか知らぬ生き方をしてきた我々だ、気の利いた情報源(ゆうじん)の無いのが悔やまれるな」


 それに引き換え現辺境伯夫人の評判は非常に高く、彼方此方に知己もあるようで、まるで以前より彼女が辺境伯夫人であったようにすら感ぜられる。本来ならば家として考えればそれは非常に頼もしく有り難い事では有るのだが、頭の中で危険を告げる鐘の音が烈しく鳴り響いている。


「不審な点は幾つも在るが、現状、目立った動きのない以上は何も出来ぬ」


 姫君が何処かと通じている証拠はない。社交の為に余所に出向く際も隣に置いているが、少女の如き笑みで、たおやかな振る舞いで、常に現辺境伯たる俺を立てる。僻地から呼び寄せ傍に置き見張っているのに罪悪感すら覚える程だが、逆に言えば真意が計り知れない。惰性で啜ったコーヒーが、やけに苦かった。


「それにしても、凄まじいな」


「何がだ?」


「何が、とは驚きだ。今も盛んに噂の種になっているというのに」


 呆れたように言われて耳を傾ければ、皆、誰かの噂話に興じているようだ。噂といえば人の間を渡る毎に面白可笑しく下世話になるものだが、何故か、噂をする皆、表情が柔らかだ。


「ムソウ、と聞こえるが」


「今更か」


「噂などという軽薄なものは好まぬ」


「一介の武人ならばそれで良いが、家の長となればそうは行くものか」


「……善処する」


 噂一つで戦が起こる事もある。噂一つで多くの命が救われる事もある。噂の力を侮っている訳では無いのだが、如何せん、身に馴染まぬ。その心を吐露すれば長年の相棒はふっ、と吹き出した。そうして。


「コメルシーの兄妹。それにスュトラッチ卿、下の従兄君だが。彼ら3人を称して“夢想の兄妹”というのだそうだ」


「コメルシーの」


「この広い王国の何処を探しても他に在るまいと思われる程に睦まじい、夢の如き理想の兄妹だと」


「理想の兄妹」


 それが噂などになるものか。そう思ったが、耳を澄ませば聞こえて来るのは「妹は兄を敬愛し、兄は妹を慈しむ」尊さや「一つのものを分け合って食する」幸福について。あの時に見た怜悧冷徹な知恵者も、勇猛果敢な武者も、全く登場しない。


「不満か?」


「いや、だが」


 美しくも鋭い研ぎ澄まされた剣に似た本質にまるで触れられていないのは違和感しかなく、また、その点でもって称賛されるべきであろうとも、強く思う。


「我ら武人は成らず者と違い、脅しで剣は抜かん。抜く時は、相手を斬る時よ」


 それは尤もだ。剣は武人にとって誇りであり武人を武人たらしめる魂のようなもの。徒に抜いて錆びさせるような事はあってはならぬ。逆に言えば、抜いたが最後、相手の命を奪う意志があるという事。



「夢想の鞘にあるうちに、剣が此方に向く前に、対処せねばな」



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