マドレーヌ14歳、晩夏。~聖女と女神と天使〜
「聞こえたんだが、“夢想の聖女”だって?」
「いえ、決してスヴァーヴァお姉様のお気になさる程の事では御座いませんの」
「マディは良いのか?」
「“夢想”って呼び名の事なら、いっそ貰ってくれないかなぁ、くらいには思ってるよ」
嘘偽りない本心である。悪意がないだけマシだけれど、どこに行くにも見知らぬ誰かの視線を感じるからおちおち馬鹿話も出来ない。だから噂の聖女様御本人が自称するほど気に入ってるのなら、是非とも積極的にご使用いただきたい。そんで皆の好奇の目を全てそちらで引き受けて欲しい。
「ならまあ、良いけど」
「そうそう。父さんも、放っておいて良いからね」
黙ったきり一言も発しない父にもしっかり念を押す。このひと手間があるかないかで結果が大きく変わるのだ。確認、大事。
「わかった」
「約束ね。なんか、ちょっとばかり感性が危うい人みたいだから。あ、伯父様。こちらが改良版の薬と、少しですけど蒸し羊羹…、ええと、あんに小麦粉を混ぜて蒸した甘味です。棒状になってますので切り分けてお召し上がりください」
「これはこれは、いつも貴重な品を。有り難く頂戴します」
今日は改良した天使のナンチャラを教会で役立てて貰い、あわよくば治験結果も横流しして欲しいな、という下心込みでの訪問である。折悪しく来客中との事で待っていようかと思ったのだが、すんなり通された先にはメティヴィエがいて、例の不思議ちゃんの事で話し合っていたのだった。やはり“聖女”となれば教会の管轄になるようだ。
「その聖女とやらは、誰かが憑いていそうか?」
「それはまだ。未来視、つまり先々を見通し預言する力があるそうですが」
「預言、なあ」
「預言、ねえ」
思わず母と2人、声が揃った。冬至祭の時や毒麦の夢のように大ごとが起きる前に教えてくれる場合もあるにはあるが、いつ・どこで・誰が・どのように、といった情報がすっかり抜け落ちているので、受け取った側で知恵を絞って推察するしかない。それだって、明日なのか100年後なのか起きる時期がわからなければ対策のしようもないわけで。
「預言には否定的ですか?」
「有り難いのは事実ですけど、預言が必ずある前提だと、どうしたらより便利に使えるかって方向に知恵を絞ると思うんです。でも、預言って恒久的にあるものでもなければ、失われた時には『預言なしじゃ動けない人』だらけになりますよね。それは怖いなって」
「だいたい、伝えるにも解読人がいないとなぁ…」
夢で見たそのままを絵に描ければ早いのだろうけれど、問題は、見える2人が揃って絵のセンスがゼロどころかマイナスなこと。我が事ながらあれを解読するのは至難の技で、毒麦の夢だって、何故かあのぐしゃぐしゃな絵から一発で理解できる父が居なければどうなっていたか。同じことを思ったらしい母と両側から父に凭れ掛かる。それを父は嬉しそうな顔で腕を伸ばして受け入れるのだから、負担には思っていなそうだ。それだってごく偶にあるかないかの頻度だからだろう。
「それに、困ったらいつも頼ってばっかりなのもあんまり。ねえ?」
「だな。いいように使っているようで、どうも性に合わない」
「なるほど、実にお2人らしい」
「ええ。努力もせず神のお力に縋り富や名声を築こうなど、怠惰や堕落そのものですもの」
実体験から来る実感の籠もった感想なのだが、実際にあの姦しい降神を目撃している大司教フュルギエは苦笑交じりで、何も知らないメティヴィエは常識的な王国民らしく教会の教えを守る敬虔な信徒とでも思ったか真剣な眼差しで、頷く。前提となる情報の有無で抱く感情がまったく違うという好例だ。
「2人は女神と天使、預言の力なんてなくったって存在自体がもう尊いんだもの。けれど大した価値もない人間はきっと、特別な存在意義を見出さなきゃ自分を保って居られないんだ」




