マシュー・マロウ60歳、晩夏。~次代の絆~
「毒蛇は早急に駆除され、被害は出ていない」
「グルン伯爵からも報告があった。危うく蛇の酒を押し付けられるところで」
「まったく逞しいものだ。我が国は安泰だな」
「エクサン子爵の言うには、鷲の餌にする為に毒蛇を素手で捕獲した娘を擁する部隊であれば」
「なるほど、それが発端であったか」
新たに生まれくる子の為に侯爵夫人が王立学院時代の恩師である妻に子守りの刺繍を教わる、という理由を取り繕い、デライト侯爵家が訪問した。尤も、侯爵は妻を一連の事件に巻き込むのを避けているようで、刺繍の指南もあながち口実ばかりではない。
思った通り若者達は密かに同盟を結んで各々の情報網によって仕入れた噂や事実を繋ぎ合わせて陰謀や不穏分子を明るみに出そうとしている。其処に、この老人も加えて貰えるようだ。
「キエフルシ公爵家の協力も取り付け、今後はグルン伯爵家にて情報交換を」
「公爵家の助力があれば使える権力も段違いだ。まさか助力が得られようとは」
「特に夫人からは女性の間で交わされる噂話も入手ないし操作出来る。これは、我々には踏み込む事の出来ない領域ゆえに大いに期待を持てる」
女性の間で盛んに行われる情報戦は侮れない。子飼いの多いキエフルシ公爵家ならば広くから情報も得られようし、虚実が入り混じるどころか虚しかない物語であっても権力者が発信すれば事実となる。加えて。
「キエフルシ公爵夫人は、此度の件で更に名声が高まったと聞く」
勇ましくも愛情深い公爵夫人に顔を顰める者も居る一方で称賛の声も上がっている。特に、若き夫人の間で顕著であるらしい。
「妻に拠れば、キエフルシ公爵夫人は学院時代から女学院生の間で人気が高かったと」
「そうであろうな」
王女殿下の御入学に際し、1年間で女学院生を牛耳り纏め上げ、万全の状態で迎え入れた烈女である。女生徒しかいない習得科で憧れの的になったであろうことは容易に想像がつく。
側仕え兼護衛として仕えた王女が学院を卒業すると同時に公爵家に嫁ぎ、すぐに跡取りを生んだとして上の世代からの覚えも目出度い女性だ。若い世代ばかりではなく、実権を握る当主夫人からも情報が得られよう。此れは、公爵夫人の肩書きばかりでなく、彼女個人の功績だ。
「加えて、カザンディビ・スュトラッチ氏からも協力の申し出があった」
「侍医局員が味方に付いた事は大きいな」
派閥や職務の垣根を超えて、信頼できる仲間が増えてゆく。此れもこの若き侯爵の、実直な性格がなせる業であろう。
「終いには両陛下からも内々ではあるが独自に動いて良いとの御許可を賜った。蛇の件の御礼の一つだと。まったく、いちいち驚かされる上司の身にもなって欲しいものだ」
眉を寄せ深く溜め息を吐くデライト侯爵だが、言葉とは裏腹に口元には優しい笑みが浮かぶ。部下達がその能力を遺憾なく発揮出来るのは、彼の懐の深さゆえだろう。
「して、侯爵は私に何を望む?」
少数ではあるが何れも有能な味方の存在があり、陛下からも許可を得ている。彼、否、我らに正しき義があると認められた以上、老臣の最後の奉公だ、此の身が滅びようと尽くすのが道理である。
「優秀すぎる部下に振り回される上司の立場を哀れとお思いになるのならば、一つ、世間知らずの私に本物の戦の法を御教示頂きたい」




