カリソン33歳、晩夏。~鷲の姫~
「マドレーヌちゃん、鷲とも話せるなんて初めて知ったよ」
「あはは!やだもうカリソンさんったら、そんな訳ないじゃない」
本人は一笑に付したが、水の枯れた噴水に腰掛けて野生の犬鷲に餌付けする姿をまざまざ見せつけられて、その言葉を額面通り受け取る人間は此処にはいない。というよりも、それどころではない、と言った方がより正確だろう。
「居たぞ!」
「こっちにもだ!」
啄くやら翼を広げて威嚇するやらで俺を自分達の元に誘った犬鷲へのお礼を調達するとかで中庭に舞い降りた我らが天使様は、母親譲りの身体能力と野営術を駆使して素手で軽々と蛇をとっ捕まえた。「カリソンさーん、けっこう強めの毒蛇が居たよー!前にお土産で貰ったやつー!」なんて言いながら。
一番目の問題はそれが本来ならば王都近郊に棲息しない猛毒の蛇だった事。場所が場所だけにただいま手の空いた警備兵を動員して他にも毒蛇が居ないか建物の内外を大捜索中であり、医者も大勢駆り出されて両陛下や王子殿下の元に急いだり解毒薬の調合をしたりと忙しい。
「肉くん、もっと食べる?おいしい?そっかそっか良かった」
「ぅえっぷ」
「おぇぇえ」
二番目の問題は天使様がその毒蛇を躊躇なく捌いて鷲に与え始めた事。見る人間が見れば無駄のない解体とわかる。だが、血に耐性のない連中は軒並み下を向いて胃の中身を辺りにぶち撒けふらふら。仕方なく実戦経験豊富な軍人を大至急で呼び出す羽目になった。
「あの蛇は木の根元に巣を作るんだったよな。卵もあるかも知んねえぞ」
「炭の用意をしとくか」
「塩ダレは買ったばっかでまだたっぷりあるな」
「燻製も捨てがたい。いい酒のツマミになるんだよな」
「酒といやあ、生け捕りにして蛇酒を作ろうぜ!滋養強壮の薬だ、新婚祝いにぴったりだろ」
「良いな!誰かひとっ走りして街で上等な酒を買って来いや!」
我ら第三部隊にとって、実戦とは野戦に言い換えられる。食糧の補給が追っつかないどころか放棄された遠地に、食えるものは何でもおいしく食いたい食わせたい天使様付きの男が放り込まれた。そうして育まれたのが、蛇だろうと蜥蜴だろうと生き抜くために何でも喰う“王国語を喋る野生動物”である。蛇の肉と卵の味を知っているこの連中は、毒蛇が巣を作りそうな場所にずかずか入り込んで蛇を捕獲しては慣れた手付きで捌いていく。解体で出る大量の血を桶で受けているのは、高貴な方々の為に整えられた庭に対する配慮ではなく、蛇の生き血が精力剤になるからだ。酒で割って一度に呷るとテキメンで、恐らく今夜は娼館が大いに賑わう事だろう。
案の定、衣食住の環境がきちんと整った王都でお行儀の良く暮らしている連中は信じられないものを見る目で見ている。
「抜いた毒腺は火酒に漬けるか?」
「うん、お願いダル義兄さま。これだけあれば小瓶一つ分にはなりそう」
「レディ、蛇の臓器を集めて何を?」
「この蛇の毒なら鎮静剤ですね。一昼夜漬けて毒の成分をアルコールに溶かしてから加工しますよー」
「鎮痛剤」
「毒が強いほど薬にした時の効きも良いんですよね〜」
蛇相手では何の役にも立たない下の従兄と妊娠中の御夫人を室内に残し、駆け付けた上の従兄にはお馴染みののんびりした口調で毒を薬に変えると言う。
体の大きな軍人と警備の兵と医師らと、大人達がわらわら出張って彼女に姿をすっかり隠して、遠目からでは誰がこの件の第一発見者なのかは特定出来ないだろう。顔見知りの大人達は意図的だろうが、天使様御本人は「適任者に引き継いだら後は丸投げ」という彼女独特の気質から功績を求めて無駄に出張る真似はしない。
「じゃーな、肉くん。助かったよ」
そんな天使様の傍から、たらふく蛇を食って満足したか、犬鷲が空高くに飛び立ってゆく。今回の毒蛇事件の発覚は、半分くらいは彼の功績である。
「すぐに戻ってくるよ。蛇の味が気に入ったみたいで、奥さんと子供達を連れてくるって」
「マドレーヌちゃん、それ、鷲と話せてるんじゃないの?」
「あはは、まさか」
蛇の血で汚れた手をぶんぶん振って笑うが、やっぱり説得力は皆無である。
「そだそだ。第三部隊のみなさ~ん!試作品の応急処置キットに毒吸い出し器が入ってるから、もしもの時はそれ使ってくださいねー!」
「………」
遠く離れた土地に棲む見慣れぬ毒蛇だ。本来ならば住処を探すのも毒の正体を特定するのにも時間を要するというのに、どっかの妹大好きな男が「珍しいから土産にする」と持ち帰った過去の出来事のお陰で、すべてがスムーズに進行している。その上、毒を吸い出す器具なんてものも人知れず常備されていたのだ。これこそが預言ではないか。これこそが神の――。
「マドレーヌちゃん、もしかして神様ってのとは話せたりする?」
「うん。偶にね」
「は?」
あっさり頷かれて戸惑う俺の後ろから大きな鷲が5羽、翼をはためかせて飛来したかと思えば音もなくふわりと噴水の縁に降り立った。
その刹那。
「――?!!」
「水がッ?!」
とうに枯れていた筈の噴水から水が流れた。初めこそちろちろ滴るようだったのがやがて勢いを増し、女神の持つ水甕から溢れんばかりの清らな水がきらきら陽光に輝き流れ落ちる。犬鷲の家族はそれが当然であるかのように、鷲の髪留めを宝冠の如く頂いた少女に寄り添い、その太く鋭い爪を猛毒の蛇に突き立てる。それはまるで、彼らが長と思い定めた者を守護するかのように。




