マドレーヌ14歳、晩夏。~夢想の聖女〜
「夢想の聖女…」
「貴方がたとは違って自称だけれど」
「自称…」
メティヴィエの言葉に背中から尻から腕から、全身にむずむずが走る。
「学院生の頃から変わった子でね、幼子でも言わないような世迷いごとを“すばらしい意見でしょう”と言わんばかりに妙に芝居がかった身振り手振りで言い出すのよ。そういうふうだから周りからよく夢想家と呼ばれていたの。ああ、それで勘違いしたのかしら。王女殿下が面白がって側に置かなければ…、どうしたの?」
「ただの共感性羞恥ですので大丈夫です」
むず痒さにとてもじゃないが耐えきれずに身を捩る。ボォっと頭に熱が上り体が火照る。訳もなく眼に涙が溜まる。記憶の中にあるいわゆる“不思議ちゃん”の姿が想起されると共に他人事ながら自身の事のように感ぜられ、居た堪れないとはこの事だ。
よっぽど酷い有り様だったのか真横から手が伸び抱き寄せられて目の前が暗くなり、頭を撫でられる。ふわり鼻腔をくすぐるのは、彼が使用している日用品のジャスミンと鈴蘭を合わせた淡い花の香りの筈が、ドライフルーツとウッディな香りの入り交じるコニャックにも似た複雑で濃醇な香りになるのだから不思議だ。
「噂では、夢想の聖女は貧民街に続いて下層市民の居住区でも食料の配布をしていると聞くけれど。其処には?」
「姿を見せていないようよ。聞こえてくる話では、熱心な信者が姿絵と食料を配っているのですって」
「ううん。目立ちたいのか目立ちたくないのか、どっちなんでしょう?」
従兄の胸をぐいと押しのけ、浮かんだ疑問を声に出す。ファンを増やしたいなら実際に姿を見せて、直接関わる回数を多くした方が得策だ。単純接触効果というやつで、関われば関わるほど相手のことを好きになるという心の働きである。
「貧民街も下層市民の居住区も、正直に言えば、足を踏み入れたい場所ではないもの。治安も悪ければ悪臭も酷い場所よ」
「あー、それは衛生的にも一大事です。だから父さんが大量の消毒薬を拵えてたんですね!」
「はい?」
「母さん達、ちょっとした用事があってその辺りに出入りしていたみたいで。あ、えっと、その辺の事情はカリソンさんに聞くと良いと思います。ちょうど近くに来てるみたいなので」
「何を言って」
困惑するメティヴィエを置いて窓に近づき、先程から空を舞っている大きな犬鷲に呼び掛ける。彼はカリソンに懐いている鳥で、「肉をやったら懐いたから名前は『肉』だ」と命名された。今も餌を貰えはしないかと飼い主?が姿を見せるのを待っているようだった。
「肉くん!ちょっとカリソンさん呼んできてー!」




