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メティヴィエ・キエフルシ27歳、晩夏。~新たな噂〜

 ―キエフルシ公爵令嬢はお父上の功績により王子殿下の婚約者に選ばれたにも関わらず、王家の威光を振り翳し権力を握らんが為お父上を隠居させ、お父上の代からの使用人を無慈悲に解雇した―



 このところ、義妹に対する事実無根の噂が広まっている。名実ともに王家の配偶者となるに相応しい公爵家の子女であっても、皆が皆、手放しで祝福する事はない。噂の一つや二つは覚悟の上、と言いたいところだけれど、父親である前公爵を隠居に追い遣った夫の方が自責の念からか参ってしまっている。

 わたくし達の婚姻は、嫡孫の体が弱いのを案じた当時のキエフルシ公爵が心身頑強な令嬢を孫の妻にと望んだがゆえに成ったと聞いている。ならば求められた役割を果たす為にも、他に誰もいない寝所でたっぷり存分に甘やかしてあげたいのだけれど、妊娠中で体調の安定しない身では如何ともし難かった。のだが。


「まあ、それでは」


 代々家族ぐるみの付き合いのあるデライト侯爵家との昼餐会。いつもなら茶会を催して妻同士、夫同士、子供達に分かれて交流しているのだけれど、今回は重要な話があるというので茶会よりも格が上の昼餐会を開いてデライト家を招待した。そこで告げられたのは、この2家が栄誉ある重要なお役目を賜ったという事実。


「ああ、グラスベルグ家から直々に招待を受けた我々が、接遇の任に就く事となった」


「と言っても今回の場合は此れ迄同様の接し方で良いだろう。下手に態度を改めれば、逆に距離を置かれる。姿をくらますのは得意中の得意だ」


「ナウルったら、もう。けれど間違いでは御座いませんわね。対外的にはともかく、お茶会などで余りに畏まっては、きっとお困りになりますわ」


「はい、母上。ミケーネの小公女様はとてもお優しく朗らかで、たいへんに親しみ深いお人柄ですから」


 異国の王に連なる高貴な方々の接遇という、本来ならば失敗の許されないお役目を与えられたにも関わらず、およそ皆の表情に緊張の色はない。息子ルリジューズに至っては「大好きなお姉ちゃんに堂々と遊んで貰える」とでも思っているのか、堅苦しいと嫌がる昼餐会で見ることのない目の輝きでもって、何をすれば良いのか、何が出来るか、などを積極的に父親に問うている。一つ年下のデライト侯爵家嫡男の落ち着き払った姿と比べて溜め息の一つも吐きたくなるものの、彼のこうした性格がコメルシー家との繋がりを生んだと思えば、そうそう咎める気にもならない。というか、幼少の折には聞えよがしの悪口に心を痛めていたくらいには繊細な父親ではなく、売られてもいない喧嘩に勝手に首を突っ込んで来た母親譲りの性分である。咎め立てしたところで反発こそすれ、穏やかになるとは思えない。


「ここ最近の表情の明るさは、今日のこの良い報せのお陰かしら。ラッティ」


 すっかりお腹の大きくなった妻を気遣い手を取り支えるデライト侯爵とそんな両親を誇らしげに見詰める2人の子供に視線をやりながら、夫に問う。


「いや。ええと違うな、それもあるけれど、愉快な話を聞いたから、それで」


 動揺したのか、或いは思い出し笑いを堪えているせいか。2人きりの時のような幼気な口調のまま語ったのは、敬愛する先輩の輝かしい未来と健康な身体を奪った貴族軍人とそれを不問とした各家や国への最大級の嫌がらせとして、“正々堂々の勝負”と“圧倒的な勝利”を選んだ、とある軍人の武勇伝。武門の家に生まれ育った身には胸のすく快い話ではあるけれど、それがフルン・スュトラッチによって伝わったというのが唯一、気に入らない。


「ラッティがそこまで気に入ったのならば、わたくしの生家の情報網を使って事の顛末を詳らかにしてよ。スュトラッチ卿なんかに負けていられないもの」


 夫の負うた荷物が重いのならば肩代わりするのが妻の役目。夫の気が滅入っているのならば心安らかに保つが妻の役目。それを全う出来なかったばかりか、()()フルン・スュトラッチに取って代わられたなんて一生の不覚である。苛立ちに任せて言えば、夫は明らかに目を丸くした。


「僕が学院時代に思っていたのと全く同じ事を、今、ヴィーが思っているなんて不思議だ」


「――――ぇ?」


「王立学院で、ヴィーはフルンばかり見ていたから。その、色恋ではないと解っていたし任務だとも理解していたけれど、フルンは我々から見ても完璧な男だから…」


 軽薄な上に薄っぺらい虚栄で外面を取り繕った優男は興味の範囲外。ただ護衛を務める王女殿下が彼にいたく興味をお示しになった為に動向を注視していたに過ぎない。だけれども、自分の婚約者が他の男に睨みを効かせて…もとい、見詰めているのは気分が悪かろう。


「利益になんてならないのにきちんと真正面から不甲斐ない僕を叱ってくれたヴィーとなら公爵としての務めを全うできるとお祖父様に伝えて成った婚姻だから」


「えっ?」


「王女殿下の護衛として異国にも帯同するというヴィーの望みを絶たせてしまった」


「えっ?えっ?」


「フルンのようにウィットに富んだ会話も目を見張るような素晴らしい成績を修めることも出来そうになくて、せめて失望させないようにしなければと」


「えっ?えっ?えっ?」


 ぽつりぽつり淡々と告げられるのは、知らないことだらけ。そもそも婚姻に至った理由が、聞いていた話と全く違う。第一に。


「わたくし、王女殿下の護衛はあくまで学院の間だけの約束で引き受けただけですけれど?それ以上はお断りしておりました。はっきりきっぱり」


 我が儘で面倒くさい性格の王女のお守りなんて断固お断りだったけれど、他に適任者が居ないとかで仕方なく引き受けただけ。ラノーだってそうだ。


「え?だって、王女殿下が」


「はあ?あのバカ女、何を言い腐っておいででしたの?」


「いや、いつも傍に侍っている令嬢だったけれど、ヴィーは他国に行くと」


「無理無理無理無理!ぜーったいお断りと父にも伝えて叶わない場合は軍に入り剣で身を立て独身のまま死ぬと宣言しておりました!」


「そうなの?え?え?」


「当然です!どうして可愛いラッティを置いて可愛くもない女の後始末係なんて行くものですか!」


 当時を思い出し思わず声を荒らげると、辺りがシンと静まり注目が集まる。しまった、と思ったが一度口から出た言葉を再び喉の奥に戻すことなんて出来はしない。こうなればヤケだ。



「皆様良いこと?わたくし、幼少の頃から夫に心を寄せておりますの!夫と妹と息子を悪しざまに言うような輩は、わたくしが蹴散らしてみせるわ!」


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