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ポルックス・テュンダ24歳、晩夏。~鷲の姫〜

「して。妃陛下個人としての御感想は如何ほどで御座いましたか?」


「もー!何あれめっちゃ和むわー!この世界がどれほど広くたってあんなに平和で穏やかで微笑ましくて美味しそうな食卓なんて他の何処にあるっていうのかしら。ねえ、貴女にも見えたでしょう?花々の咲く森が!噂を聞いた時には“夢想”って何よと思ったけれど、本当にあれは夢よ理想よ羨ましい」


 幼い頃から互いをよく知る気心の知れた侍女に促されるまま、施政者からうら若い乙女の顔になって王妃はきゃあきゃあ楽しそうに捲し立てる。ついでにナウルにも先ほど食べた品の感想を事細かに求める始末。人払いをしたのが災いして、普段の落ち着き払った王族然とした外面は完全に脱ぎ捨てている。


「妃は、末姫であったな」


「ええ。その上、我が家も親族も女ばかりですから、兄という存在に憧れがございますの。あのように、頼り甲斐のある熱血漢の兄もクールでちょっぴり意地悪な兄も、ええ、とてもとてもとても望むべくもなく」


「兄、とは、斯様に憧れるものであるか…」


「ネミは女系の国に御座いますれば」


 いつしか“夢想の兄妹”に、更には兄弟の話へと話題は移ったが、妃陛下の言葉が心に引っ掛かった。



 ―鷲の姫。



 王国で「天空の王者」と呼ばれる鷲は、東国では太陽と火の象徴、或いは神が地上に降りる際にその姿を借りた存在(もの)である。浄化を意味し、また、解放をも意味する火の象徴たる鷲は、神となった東国の王の鳥であるとも。


「という訳でポルックス」


「!」


 やや疲れの滲むナウルの声で思考が中断し、現実に引き戻される。そうだ、本来の業務通りならば今頃は王子殿下の護衛に就いている私が態々呼ばれたのだから、今日この場で為された密談の内容に、私も関わりのある事柄があったのだ。


「仮婚約の記録も遡って抹消された。が、多少なり世間に広まったのも事実。よって、ヘルギさんの一件と合わせて次に話す事柄が“真実”だ」


 天才少年ヘルゲート・スュトラッチは26年前に馬車の事故で生死の境を彷徨うほどの重傷を負った。意識もなければ流血も酷く、あわやというところで偶々近くを通り掛かった心ある夫婦に発見されて手厚い看病を受け、一命は取り留めたものの記憶をすっかり失い己の名前すら判らないほど。夫婦は少年の容貌から相当に名のある家の人間に違いないと判断し、負った傷の深さから少年の身の上を案じ、信頼の置ける商人に彼を託した。商人ならば彼の身元に繋がる情報も得られようし、万が一、彼の身に起きた痛ましい出来事が事故でなければ伝手を辿って逃がして欲しいと。


「事故で記憶喪失か、なるほどよく考えた」


「事実、ヘルギさんは助け出されて暫くの間は身元を明かすどころか殆ど会話も無かったとマリー夫人から聞いている」


「あの人が?今の姿を知っていれば嘘みたいだ」


「スヴァさんが犬にするように構い倒した結果というが、夫人の方もだろうな。…続けるぞ」


 少年の身元探しは難航した。人嫌いなヘルゲート少年の姿絵は一枚もなく、また、未成年であり交友関係も狭い彼の姿を知る者は今上陛下や公爵家など極一部に限られ、到底、裕福であろうと平民の商人が有する縁に連なる人々では知る由もない。そのうち商人一行は商用で西国に赴き、其処で神の導きによって修行していたスヴァーヴァ姫と出会った、という筋書きだ。


「それで娘が生まれ、今から数年前に突如として記憶が戻った為に家族3人はマリー夫人を頼って王国にやって来た。また、娘にも自身が生まれ育った国で教育を受けさせたいと願った。無論、身の安全を最優先とした上で」


「それで、私か」


「そうだ。そして、仮婚約に繋がる」


 王族の護衛である近衛隊を動かすには姫の身分を明らかにしなくてはならない。しかしそれでは他の学院生を萎縮させ勉学や交流の妨げにならないとも限らない。そこで、国家間の協議により学院内では近衛が、それ以外ではウリクセス公爵家の血を引くダルドワーズが護衛を任せられた。しかし学院祭の立案や相談役という大役を果たした事により期せずして注目が集まったが為に、卒業までの間に限り、テュンダ辺境伯家の権力下に置き、またより近くで護衛する為のもっともらしい理由としたのが仮婚約だった、と。


「力技だな。荒唐無稽と言われそうだ」


「だが、此処で彼女の入学当初の王国語の惨憺たる成績が生きてくる。どうも、王族と下位貴族と平民の言い回しが混在し語学教師を困らせていたらしいのだ。そのような現象は、一般論だが、異国の人間が階級の異なる複数の人間から王国語を学ぶ際に起こりがちという」


「ああ、そういえば。王国民なら誰でも知っているだろう歴史や神学も、初めて識ることだらけだから毎日が楽しいって言ってたし」


 それで図書館にある、恐らくはこれまで長い間開かれる事が無かっただろう大きくて分厚くて何冊にもわたる書物を読んでいたのだった。その日々すらもう遠く懐かしく思われた。と同時に、鈍い胸の痛みはなくただ過ぎ去りし日々の思い出に変わったのだとも、知った。



「正式発表はまだ先だが、兎も角、この方向で進める旨は、心に留めておいてくれ」


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