マドレーヌ14歳、晩夏。~厄落とし〜
「急ぎ、出ます」
早馬で届けられた一通の手紙。蛇の巻き付いた杖の封蝋に不穏なものを感じつつ開ければ、予想だにしない危局がすぐ其処に迫っている事を知る。果たして何が起こるのか想像もつかない非常事態。兎にも角にも行かねばならないと急いで身支度を整え単身馬車に乗り、父親代わりの老師祭に告げた。
「何かあれば後を頼みます」
*****
「………」
「………」
「………」
質問:いい歳した弟達が無言で睨み合っているのを目撃した長兄の反応は?
答え:こちらも無言で立ち尽くす。
「ほら、父さん。フュルギエ伯父様がいらっしゃったよ」
「うん。その辺に座れば?」
三兄弟の末っ子は長兄に目もくれず愛娘を膝の間に置いて背後から抱きしめ、喉の奥から大蛇の威嚇音の如くシューシューと音を鳴らす。すぐ上の兄を鋭い視線で射抜きながら。
「ヘルギは縄張り意識が強いからな〜。ま、そのうち慣れるだろ」
「母さんったら、犬猫みたいに言わないの」
「ええ、まったくですわね。犬や猫の方がどれほど己の分を弁え折り合いをつけるのが巧みなことか」
「お養母様まで…」
「ぼく、こっち側に座るよ」
「ありがとうフルンお兄ちゃん!」
「俺はじゃあ…、この辺か」
「ありがとダル義兄さま!」
14歳の時に生き別れ、26年の時を経て女装姿で再会し、今は娘にぎゅっと抱きついて離れない弟を、下の伯父シグムント・スュトラッチ伯爵は混乱しているのか大変な興味を唆られたのか、瞬きもせず凝視しているのがこの不毛な睨めっこが続いている原因の一つだ。そこで、男2人はガタガタと椅子を動かして兄弟の間に体を捩じ込み、衝立よろしく視界を遮った。
貴族や平民でも上流階級の家なら上から下まで身分に応じて座る場所がきっちり決められているのだろうが、我が家にそんなルールは存在しない。だいたい、料理だって下の伯父用のハムチーズ・サンドイッチ以外は大皿や深鉢にドカドカっと盛ってあり、食べたいものを食べたい分だけ銘々が取り分けるスタイル。まったくの無礼講である。
「妙なところをお見せしております。すみません、フュルギエ伯父様」
「あ、いえいえ。では私はこの辺りに失礼します。……えーと、その、悪魔祓いの儀を行うと、早文にあったのですが?」
「悪魔祓い?何だそれ」
「悪魔祓いじゃなくて厄落としです。ええと、嫌な事があった時なんかに、これ以上良くないことが起きないように皆でおいしいものを食べて飲んでぐっすり眠るっていう、我が家というかうちの村の仕来たりのようなもので…」
教会組織でも上から数えた方が早い大司教の地位にある伯父は首から立派なロザリオを下げて聖なる教典を手にしていて、エクソシストの映画から抜け出したようないで立ちだった。映画好き歴史好き制服好きの胸がキュンキュン締め付けられるし眼福だが、わざわざ足を運んで貰ってこの様子なんて、罪悪感が半端ない。
「言ってるでしょう?この年寄りはだいぶ耄碌してるんだから信じちゃ駄目だよ」
下の伯父が視界からが消えた事で落ち着きを取り戻した父が呆れたように言うと、祖父は「おやおや、そうでしたか」などと惚けてみせる。手紙を早馬で送りつけた上に厄落としを悪魔祓いと間違えたのは祖父だけれど、聞き慣れない単語だから仕方ない。そもそも皆で集まってわいわい騒ぐ口実から始まり村じゅうに広まった、余所にはない特殊すぎる風習なのだ、厄落としは。
「あの、人数が多ければ多いほど効きがあるので、伯父様ももしご都合が宜しければご参加いただきたく思うのですが、いかがでしょうか?」
「勿論です。有り難く参加させていただきます」
眉間に皺を寄せ信じられないと言わんばかりの表情で祖父を見つめていた上の伯父だが、問い詰めても無駄だと気持ちを切り替えたようだ。柔和な笑顔が戻って、教典やロザリオを外して卓上に置いた。
「よーし、飲み物が行き渡ったな!それじゃ、アクリョータイサーン!!」




