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モニカ14歳、夏。~去る者は日々に疎し〜

 出しゃばらないように。けれど、侮られないように。


 新しく高位貴族の仲間入りをし、良くも悪くも注目を集めやすいコシチェ家は、常の年よりも社交に力を注いでおります。とはいえ、わたくしも義弟も社交界デビューを迎えておりませんので、他家に訪問したり、或いは招いたりするのは日の高いうちだけ。よほど親しい間柄や重要なお相手でなければ晩餐会にも参りません。ですので夜の間は、家庭教師から習った内容を復習したり課題を克服したり、頂戴したお手紙へのお返事をしたためたり、わたくしならば詩歌や刺繍をする時間に充てられております。

 父の出奔(じけん)と婚約解消の件もあり、伝統ある貴族家の名をこれ以上貶めないようにと励んで参りましたが、飽くまでもそれは子爵家の娘として。伯爵位ともなれば王族との御目見えも叶い、直接お言葉を賜ることもできます。逆を言えば、陛下や殿下にご不快な想いを抱かせぬよう不敬にならぬよう、言葉遣いも所作も、これまで以上に嫋やかで優美であらねばなりません。


「思った通り、まだ起きてたんだ。暗い中でお辞儀の練習をしたって、見えないじゃないか」


「わたくしは要領が悪いのだもの。何をするにも他の方より多く時間が掛かってしまいますの」


「まったくもう、義姉(ねえ)さんは真面目すぎる。少し肩の力を抜きなよ」


 そういう訳には参りません。今の家族は、家を捨てて逃げ出した父の弟一家です。幸いに従弟でもある義弟は嫡男としての教育も順調で、友人もたくさん在るようです。彼が次期当主ならばコシチェ家は安泰です。


 ですから。


 2つも醜聞のついたわたくしですから、良縁は望めないでしょう。ですから、少しでも家の為になる縁談を、せめて迷惑にならない縁談を、掴まねばなりません。うんと年上だって、たくさんの女の人を泣かせるような節操のない(ひと)だって構いませんから、どうか――。



 疲れを引き摺ってベッドに横たわると、組紐が、3人の色を編み込んだ贈り物が、目に入った。それは、楽しいばかりだった、夜の星々のようにきらきら輝く過去の思い出。ただただ幸福で居られた短い時間が、夢幻ではないと教えてくれる、証。



『どうか、ひと目だけでも、またお逢いできますように』



 *****


「あちらのご子息は、ほうぼうのご令嬢にお声掛けなさって」

「あら。あのお噂のお方とはお別れになられましたのね」

「どれほど美しくても青い血を持たぬ平民ですわ。まったく、卑しいったら」

「ご子息と婚約を解消されたご令嬢も、色々と苦戦されているようですけれど」

「たかが浮気で大事な婚約を解消するなんて、悋気で堪え性のないのだと、公になっておしまいになったのですもの」


 歯を見せない小さな笑い方も、指をピンと揃えた茶器の持ち方も、高位貴族のお手本そのもの。けれど、目元に悪意を湛えた嫌らしい笑いに、品格は感じ取ることは出来ませんでした。わたくしはただ、浅い笑みを浮かべて曖昧に頷き、可も不可もない存在として居るのが精いっぱい。

 思えば。貴族社会は、元よりこうした世界だったのです。人の失敗を嘲笑い、小さな事柄も大きく喧伝して(あげつら)い、己の利益とする世界なのです。わたくしは、1年にも満たないほんの僅かな時で、すっかり心が入れ替わってしまったようなのです。


「はぁ…」


 帰りの馬車で、はしたなくもつい溜息を吐いてしまいました。慌てて取り繕うと、横に座る義弟が肩を竦めます。


義姉(ねえ)さん。ここは馬車で、僕以外にだあれも居やしないんだ。家族に気を遣うなんて可笑しいよ」


「ええ、ありがとう。でも、習得科の入学まで間がないのですもの、気を抜いてはわたくしのような――」


 言い掛けて、頭の中に、声が響いたような気がいたしました。


『モニカ様』


 その声を思い出すだけで、不思議と心は落ち着き、自信が満ちるのです。いつだってわたくしの味方で居てくれた、あの方の声を。



「―――――――ッ?!!!」




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