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マドレーヌ14歳、夏。~去る者は日々に疎し〜

「ええー!それじゃあルゥくん、さぞかし怖かったでしょう?」


 鳥笛を吹くやいなや、鳥や犬に加え、野の獣や蛇や虫まで、わっさわっさのうじゃうじゃ。その光景もさることながら、ペストにクリプトコッカス、アスペルギルス症、オウム病、狂犬病、エキノコックス症、マラリア、デング熱……などなどの人獣共通感染症を、この国にもあるのかは知らないけれど、考えるだけで恐ろしい。


「うん…、でも泣かなかったよ!領民の前だったもの!」


「そっか!偉かったねえ」


 それにしても。長雨から続いて疫病騒ぎに、毒麦病に、蝗害に。王立学院をサクッと卒業して村に引っ込みのんびり楽しくダラダラ過ごしている間、王国各地では密かに大事件が起こっていたらしい。


「改めて、御礼を言わせてくださいませ」


「と言われても、わたし達が直接どうこうした訳ではないしなぁ」


「「ねー」」


 今にも飛び立ちそうな、それでいて実在するどの鳥よりも美しいであろう小鳥型の笛付きペンダントを、草木をモチーフにした繊細な彫刻が施された見るからに高級な箱に収めて返却されて。若き貴婦人と少年に深々と頭を下げられて。親子3人は戸惑い顔を見合わせる。鳥笛の所有者と製作者というだけで、貸したのは双子の姉弟だし、現地で吹いたのはルリジューズ。そこにマドレーヌ達の功績を挟む余地はない。それでもずっと頭を下げさせておくわけにもいかず、不承不承ながら感謝を受け取ることにした。


「それから、こちら…、が」


 歳こそ若いが公爵夫人に相応しい胆力を有するメティヴィエには珍しく、困惑と不安とが綯い交ぜになった表情と声音で差し出したのは、少し大きめの木箱だ。

 マリーゴールドの看板が掲げられたこの店は、コメルシー家が経営するマリア商会の王都支店。名実共に上流階級にもなれば外商がお宅に訪問するのが当然なのだが、今回は少々込み入った事情があり、メティヴィエ・キエフルシ夫人と嫡男ルリジューズに足を運んで貰っている。その理由が、この箱だった。


「わー!ありがとうございます」


「へえ。少なくとも、ぼくはこれまで見たことのないな。黒いバッタなんて」


 そう。パカンと開けたその中身は、キエフルシ領で突如大量発生したバッタ。頭も脚も全て綺麗に残っている個体を選び、研究者に提出する為にふかふかの綿に詰めて王都に運んだうちの、一部である。整然と並んだ虫の死骸をひと目につく場所で御開帳すれば悲鳴が飛びそうだし、それ以上に外聞も宜しくない。なにせ国内有数の権力者が、格下も格下、吹けば飛ぶような新興の泡沫男爵家に虫を贈るのだ。コメルシー家は「公爵家の不興を買った」と思われるだろうし、キエフルシ家は「気でも触れたか」などと馬鹿にされるだろう。



「群生相だからなのかな?それとも元から体色が黒っぽい種なのかな?」

「あ、ほら見て。この個体だけ左右で色が違う」

「ほんとだ!左がやや黄色みを帯びてるね。雌雄の違い?あるいは遺伝子か、生育環境か、それとも…」

「こうなると幼虫も見てみたいな」

「植物食なら餌の面では問題ないもんね」

「問題は、完全隔離できる虫カゴを作らないと」



「…………」


 バッタの死骸という、普通ならば子供じみた嫌がらせ以外の何者でもないモノを前に、途端に饒舌になり目をきらきら輝かせる似たもの父娘に、メティヴィエの目が段々と細まり遠くを見つめ始める。

 勿論、これは嫌がらせなどではなく御礼の品として所望されたものではあるのだが、王家に次ぐ権力と財産と地位を築いている公爵家に恩人が求める“御礼”はもっとこう、俗心があっても良さそうなものだ。むしろ在るべきだ。金だとか芸術品だとか後ろ盾だとかを求める人間たちでないとは知りつつも、貴族の家に生まれついた身では、どうにも感情の折り合いがつかない。


「珍しいものが手に入って良かったな〜」


「「うん!」」


 妻であり母であるスヴァーヴァは慣れたもので、自身は興味のカケラもないものの、心底嬉しそうな夫と娘を茶菓子代わりに眺めてお茶を飲む。潔癖のきらいがある2人は木箱に入ったバッタに触れる事なく様々な角度から観察してはブツブツ言い合って、頷き合って、実に楽しそうだが切りがない。


「「ああッ?!!」」


 無言で木箱を閉じれば、悲壮な声と捨てられた仔犬のように悲しげに潤んだ4つの菫色の瞳。まったく良く似た親子である。このまま放っておけば思考の沼にずぶずぶ嵌って抜け出さないだろうことも含めて、本当に似た性格をしている。


「後は帰ってからなー」


「「はぁい…」」


 そうかと思えば、今度は叱られた犬みたいにシュンとする。まったくもって、良く似た親子である。


「顕微鏡、持ってくれば良かったな」


 馬車に乗り込んだキエフルシ母子を見送り、マドレーヌはぽつりと呟いた。村にはヘルギ所有の高級感あふれる顕微鏡があるけれど、王都邸にあるのはガラス板からしょりしょり磨いて手作りした簡易版。せっかくなら隅から隅までしっかり観察したい。


「捨ててなければ昔の家にあるよ」


「そうなんだ!じゃあ、おじい様に貸してってお願いするね」


「直接行ったほうが早いよ」


「さすがに約束なしの訪問はダメじゃない?」


「向こうだって約束して来ないから、おあいこじゃない?」


「……」


 元侯爵もたいがい自由な気質で、奇跡の金貨を持って来たときもそれ以降も、思い立ったが吉日とばかりに割りと急に来る。おかしいな、アポイントメントの大切さは前世でも王立学院でもしっかり学ばされたのだが。

 いにしえの諺“この親にしてこの子あり”は、色んな意味で真理だなあとしみじみ感じていると、見覚えのある紋が入った馬車が目の前を通った。この世界、だいたい馬車を見れば誰か判るから便利である。



「あ、モニカ様のお家の馬車だ」


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