ポルミエ・コメルシー58歳、夏。~美しいひと~
馬車が門を潜ると同時に、ゆっくり深く、肺の中を空にするように、息を吐く。此処からは我が家。世俗の煩いを持ち込まぬと決めた、和やかなる家族の居場所だ。
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「男の子の格好をして働けば、世間体も悪くならないと思うんです」
養子に迎えた“実子のような”養娘が相談があるというので聞いてみれば、想像だにしていなかった言葉が飛び出した。
「卒業したのに定職にも就かずふらふらしているのは、教育にも良くないので」
「学費だって安くないでしょう?お養父様たちには想定外の出費ですから、少しずつでもお返し出来ればと」
「掃除や使いっ走り、品物の出し入れなんかの雑用なら自信があります!」
それも次から次に続く続く。
俗世間の些事から遠ざけて育てた筈の娘が、何故か同じ年頃の他家の子供よりも細かいというのかシビアというのか、殊に金銭面でえらくしっかり者に育ってしまった親の気持ちを問われれば、困惑も絶句も通り越して“無”である。
「マドレーヌは我が娘だ。親が子を養育するのは権利であり喜びだ。返済なぞ考えずとも良い」
どうも無為徒食の身に居た堪れなさを感じているようだが、実際は、大いに異なる。
「それに、学費以上の利益を既に受け取っている」
貴族の義務だと王立学院に通わせてみれば、接点がまるで無い筈の、公爵家や侯爵家、元侯爵家の伯爵家など、後ろ盾もない新興の商会では到底取引なぞ叶わないと思われる、品のない言い方をすれば“上客”ばかり捕まえて来る。彼らが求める品は、例えば木炭やヒバチだが、元を正せば娘が考案・開発した品で、競合相手がいない為に我が商会が独占して利益を上げているのだ。また、モクサクエキや新たに開発した害虫駆除剤も農学教師を介して植物研究所に紹介され、目に見えて効果があったというので農業を主産業とする家からの問い合わせが引きも切らない。顧客となりうる人間に直接売り込むのではなく、その道の権威からの推薦とあって、害虫駆除剤を販売する他の商会も表立って当家を批難することも出来ない。結果、円満な取引が続いている。
「だが、身の安全のためという理由であれば、男装には一考の余地がある」
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「ヘルギはさ、もうちょい目をこう…、ぱっちり可愛らしい感じが似合いそうだ」
「えー。せっかくなら流し目の、色っぽい感じが良いなあ」
男装をさせたら、危険が遠のくどころか凄まじい勢いで近づいて来た。絵物語に登場しそうな、王子様が誕生してしまった。それも2人も。
「スヴァーヴァ様、凛々しくて素敵」
熱病患者のような蕩けんばかりの眼差し。妻は、目の前にいる3人に比べれば、顔立ちは平凡だろう。けれど。自分にとっては。
――君は誰より美しい。




