ダルドワーズ28歳、夏。~美しいひと〜
何を持って美とし、醜とするかは、国や民族によって異なるという。
ふくよかな体つきを好ましく思う地もあれば、すらりと背が高いのが良しとされるところも、王国のように胸や尻は大きく腰を無理やり絞るのを理想とする国もある。
髪も、王国では金を最上とし暗い色を嫌うが、艶のある黒髪を美しいと讃える国も、赤や緑や青や、その色彩が濃いほど良しとする民族もある。
肌もそうだ。ダダールさんのところじゃあ、男女ともに良く日に焼けた黒い肌が働き者の証というので求婚者がわんさか集まるらしい。対して、王国は血管が透けて見えるくらい白い肌が良いとされている。
つまるところ、何が言いたいかといえば。
家に帰ったら見知らぬ美女が居た。
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「ダルくん、おかえり」
否、まったく見知らぬ人間という訳では無い。キラッキラの金髪も、長い金色のまつ毛に縁取られた紫の目も、その声も、嫌になるくらいよーく知っている。ただし「男の姿だったら」であって、化粧を施されて淡い青色のワンピースに身を包んだ姿では、初対面だ。
「ヘルギはさ、もうちょい目をこう…、ぱっちり可愛らしい感じが似合いそうだ」
「えー。せっかくなら流し目の、色っぽい感じが良いなあ」
ついでに、目元がキリリと引き締まった赤毛の美青年と、ピンク色の髪をした天使のような美少年も居た。どちらも「女の姿だったら」生まれた頃から知っている間柄である。ただし今はどちらも長い髪は後頭部にかっちり纏められ、前髪も後ろに流してあって、男っぽい顔つきにするためだろう、化粧も濃いめだ。
「ダルはどっちがいい?」
「ダル義兄さまはどっちがいい?」
「あー…」
同時に振り返り問いかけられたものの、言葉はわかるが意味がさっぱり入って来ない。視線を他に向ければ、母さんは嬉しそうで親父は“無”。それ以上の情報は読み取れない。
「スヴァーヴァ様は愛らしいのがお好きでいらっしゃいますものね。マドレーヌは大人びた雰囲気が好みのようだけれど」
違うんだ母さん。俺が今、切実に求めているのは、そんな個々人の好みではなくて、この状況に対する説明なんだ。泊まり番から帰ったばかりな今の俺には「男装したスヴァさんとマディを前に母さんがとてつもなく喜んでいる」以上の情報が与えられていないのだ。
「わたしと父さんって、最近、お出掛けする時に変装してるじゃない?そう何度もダクスの服を借りるのも悪いし、いっそ男の子の格好したらもっと安全だと思って」
「ああ、なるほど」
我が妹よ、黙ったまま何も言わない様子を見て心の内を察したか。流石の長い付き合いだ。
下衆な連中の思惑と此方側の面倒な事情が複雑に絡みまくっている今、ヘルギさんとマディを衆目に晒すことはできない。元から引き篭もり体質なヘルギさんはまだしも、母親に似て活発なマディには酷な話だ。だから予め「毒麦の件で東国の手先がヘルギさんとマディに害を及ぼす可能性がある」ことだけは2人には伝えている。理由も告げず無理矢理に軟禁するのと、本人も納得ずくで閉じ籠もるのとでは、その後の行動にも違いが出るものだ。その上で、邸外に出る際は2人とも目立たない格好をさせているのだが、確かに言う通り、女よりも男のほうが安全性は高まる。あくまで、一般的には。一般論では。
「それで、お養父様とお養母様に許可を得ようとしたら」
「スヴァさんが面白がってこうなったか」
「父さんの方はね」
「マジか。まあ…、そうだよな」
の方はと言うことは、そうじゃない方も居るわけで。それが誰の企みかは、着ている服で一目瞭然。形こそ男の服だが、後付けしたであろうフリルとレースで装飾過多なこの感じは、間違いなく俺の母親の趣味である。
「どっちが良いかは判らんが、ヘルギさんはキツい感じは似合わないと思う」
「「あ~、同感」」
色んな意味でおっかなくはあるけれど、小さい頃から一緒に暮らしてきたヘルギさんは、頭は良いけど狡賢さはなくて時々どっか抜けてる人だ。スヴァさんに褒められて、撫でられて、引っ付いて、デレデレしてる人だ。目尻をキリリと吊り上げ怒り散らすような雰囲気は似合わない。
「で、本題なんだけ」
「駄目だ」
すべて言い終わる前に食い気味で却下すると、天使が膨れた。これも含めて、まったくもって宜しくない。
「ええー?どっか変?」
「変じゃないが、どこもかしこも問題だらけだ」
色を抑えた唇も淡く朱の走る白い肌も。シャープな顎にふっくらした頬が描く左右対称な輪郭も。長い髪でふんわり隠されていたあれこれが露わになって、男でも女でもない中性的な美が、危うさが、まるで花開く直前の蕾のように強く魅了的に香る。このまま外へ出すなんて、狼の群れの中に旨そうな羊を放り込むようなものだ。ずっと一緒にいる俺でも、寝不足の今、はっきり言って理性がちゃんと機能するか怪しいくらいで。
「とっとと着替えて来い」




