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ナウル・デライト26歳、夏。~美しき毒~

 天照す太陽の如き輝く金色の髪をそよがせ、均整のとれたしなやかな肢体が馬とともに宙を舞う。沸き起こる一際大きな歓声は悲鳴か断末魔の叫びにも近く、朝焼けの空にたなびく雲にも似た優雅でありながら煽情的な紫色の瞳に射抜かれれば、婦人どころか紳士もまた呼吸を忘れて立ち尽くし、或いは堪えきれずに声もなく昏倒した。


「ありがとう。いい馬だね」


「え、あ、いや、、いやあ!なんと言葉にすべきだろうか!スュトラッチ卿、私は生涯に於いてこれ程までの胸の高鳴りを覚えたことは無いと断言できる!!」


 さらりと馬から降りて動揺する馬主に手綱を返すまでのほんの一瞬。青年は馬場を取り囲む観客席に居並ぶ華やかに着飾った紳士淑女を見渡し、さらに3階部分の貴賓室に微笑みかけた。


「フルン、だな?」


「やあ、ナウル。元気そうで良かった」


 久方ぶりに社交の場に現れたフルンは、乗馬のためか、彼の代名詞ともいえる太い黒縁の眼鏡を外していた。彼が眼鏡を外した姿は、過去に一度だけ見たことがある。けれど今は、あの時の、初恋に浮かれる幼子のような愛らしさは消失し、ただ、圧倒的な存在感を示していた。


「珍しいな、こうした場所に出向くとは」


 ここは貴族が所有する競馬場。

 遮るもののない好天の下、陽光を受けて、金色の長いまつ毛が頬に影を落とす。淡い桃色を呈した薄い唇が動く度、誰も彼もが目を奪われた。


「偶には馬に乗りたくなってね」


「そう、、、だったか」


「ふふっ、驚かせたね」


 同級生同士の親しみに溢れた会話の途中も、フルンは風を感じるかのようにゆったりと周囲を見回し、そうして別の貴賓室に目を止めて、ナウルに向き直る。誰かがごくりと生唾を飲み込んだのは、暑さのせいだけではなかった。


「乗馬は、学院生時代に見た以来だが、変わらず見事だな」


 ナウル自身、普段よりも饒舌になっているのに気づいたが、考えるより先に走り出した言葉は止まらなかった。


「見様見真似だけれどね、無事に走れて安心したよ」


「フルン」


「それじゃあナウル。近いうちに、また」


 彼の目の動きを追えば、ようやく、辺り一面が静まり返っていると気付いた。皆、妖しくも神秘性を帯びた美しさに酔い、この危険な毒を知らずに飲み下していたのだ。

 それはナウルも同じこと。去り際に長い人差し指を自身の唇にそっと当てて、ナウルの耳元で囁く言葉は、甘い痺れを伴った。



『ぼくを探している人が居ると聞いてね、出てきてあげたんだ。せっかくだから理由も知りたいじゃない?これで分かりやすくなったかな』



 姿が消えるまで皆が無意識に見送るそれは。喩えるならば。




 完全なる美の化身。




 *****


「お会いになれまして?」


「ああ。シャルが、情報を得てくれたお陰だ」


 何をしたわけではない。競馬場に行き、知己や友人と会話をし、それから少しの騒動を見聞きした。ただそれだけなのに体は鉛のように重く、頭は深い霞が立ち込めているようだった。


「お疲れになりましたでしょう。少し、休憩なさって」


「済まない」


 王立植物園に他国から持ち込まれたであろう毒草が繁茂していると報せがあった。続け様に、その毒草が腹の子を流す効果のあるものと報告が来て、王宮内は騒然となった。

 現王妃はまだ若く、また、公にはされていないが、神の降誕ありとの神託も下されている。王子の婚約者の生家キエフルシ家と、宰相補佐であり筆頭侯爵家であるデライト家。この2家の娘を遊び相手に指名できる家なぞ王家を置いて他にはない。平時でも許し難いが、こと現段階では王家に加え、神なる者への敵対行為である。


 それが早くも2日後には毒草の解毒方法が確立されたとかで、終わりの見えそうなこの件を他の補佐に渡して、ナウルは手を引いたのだった。その時にはもう毒草の発見状況も発見者も詳しく判っていたのだから、そちらは医薬学の大家に任せておけば良い。問題は「誰が」「いつ」「どのように」持ち込んだものか。その特定は、骨が折れるだろう。

 如何すべきかと頭を悩ませ帰宅すれば、フルンが社交の場に出るという噂が広まっていると、妻が言う。それだけならば気紛れか暇潰しだろうが、久方ぶりに皆の前に姿を現す場として選んだのは、夜会ではなくまだ日の高い時間の、競馬場だというのだ。

 スュトラッチ家とコメルシー家の面々が毒草を発見した直後のタイミングである。そこに何らかの意図を感じるのは当然であった。ゆえに、競馬場を所有する家と渡りをつけて競馬場に赴き―――。


「東国の王子が、突然暴れて王国の貴族令嬢に傷を負わせたと。小耳に挟んだ程度だが」


 妻が手ずから淹れた紅茶は、はちみつレモンが垂らしてあって、心が、体が、軽くなる心地がした。


「まあ、そんな事がおありになったの。そのご令嬢の家は、もしかして」


 万に一つ、使用人にも聞こえぬよう声を抑えてマーシャルが告げた家名は、まさしく、先ほど噂に聞いた家だった。人混みの中、偶然に耳にした、でっぷり肥え太った派手な身なりの男達の噂に。




 ―“王国王子の婚約者候補”の肩書きを引っ提げては見たものの、か。



 ―あの財政(ふところ)状況じゃあ小国でも無理だろうさ。早々にお手付きになって異国の王家と繋がりを得るならと保留にしておいたが。



 ―早いとこ資産の回収に動くよう、指示を出さんといかんな。



 ―さて。幾ら残っているものやら。



 ―なに。足りねば()()好き者に売らせれば良かろうよ。




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