マドレーヌ14歳、夏。~大人の社会科見学〜
「本日はありがとうございます。本当に嬉しいです」
「いやいや、これしき」
農学の研究発表会で怖がらせたお詫びということで、植物園を貸し切り、併設の植物研究所とともに自由に見学して良いことになった。そのお言葉に全力で乗っかって甘えて、本日は子供から大人まで、ずらり揃って社会科見学である。
「それでは、皆様ごゆるりと。研究所に宮廷医師も待機させておりますゆえ、何なりとお申し付けくだされ」
軽く頭を下げて退出するのは、王立植物研究所の所長、その人である。
闖入者に奇天烈な発言を許してしまった件で研究発表会の直後に謝罪の手紙を貰っていたらしいのだが、「突然の騒ぎに体調を崩し」ているとスュトラッチ家・コメルシー家の両家から説明があり、スュトラッチ家に至っては「面会謝絶」の宣言も出したようで、もの凄く心配されたし謝られた。高名な医者が面会謝絶の判断を下したのだから、そりゃそうなるか。
「この木、お養父様とダル義兄さまのイメージにそっくりでしょう?」
「あー、なんとなくわかる。なんだろう、形…、じゃないな」
「抽出して詳しく調べてみないとわかんないけど、香気成分だと思うの。心が落ち着く感じがするあたり」
「落ち着くか、そうか」
「消臭作用もありそうだよ、ポルミエ。良かったね」
「………」
養娘の言葉に喜んだのも束の間、目深に帽子を被らされたその実父からまったく悪気なく放たれた言葉にコメルシー男爵は沈黙する。
「お養父様には必要ないもん。お食事だって運動だって、お体に気をつけていらっしゃるし」
「マディ、もうその辺で」
女性向けの商品が多いマリア商会にあって、数少ないながら男性向け商品もあり、実は隠れたロングセラーがデオドラント石鹸だったりする。年齢とともに気になるあの匂いは下手に香水で誤魔化そうとすれば悲惨だと言って、上流階級はもちろん、香水をつける習慣のない平民やなかなか体を洗えない軍人のような職業にも人気が高い。要するに、ダルドワーズも年単位で使い続けるリピーター客である。
「これはマリア商会の看板にあるお花の、新しい種類なんだって」
「わー!花びらいっぱい」
「ふわふわもこもこだ!」
「たしか、マリーゴールドには防虫効果があるんだったよな」
「そう。根から出る物質が土中の厄介な害虫を死滅させるから、休眠中の畑に植えて鋤き込んでるの」
「害虫を死滅させるなんて、なんて素晴らしいのかしら。わたくしも26年前に欲しかったわ」
「「…………」」
濃いオレンジに黄色の縁取りが目にも楽しい八重咲のマリーゴールドを笑顔で見つめながらも一瞬だけ視線をヘルギに移すマリー夫人に、実子も養子も揃って口を噤む。
「そういえばヘルギと一緒にいると、不思議と虫に刺されないんだよなあ。この花と同じ効果があったりするのかな?」
図らずも親愛なる女神から“害虫駆除”のお墨付きを頂戴した2人は仲よく顔を見合わせ黙りこくった。
「こっちは、ロクマのふるさとの地方にある植物ね」
「“これは壮観だ。王国内の殆ど全ての地域の代表的な植物を、展示しているのか”」
「“ここを創設する際に、植物だけでなく土も現地から運んできたのですって。今はもう無い種ももしかしてこの中に眠っているのかもと考えると、胸が高鳴るの”」
久々に屋敷の外に出るマドレーヌを心配してか、実養両方の両親と妹弟たち、さらに泊まり番明けで殆んど寝ていないダルドワーズまで勢ぞろい。それをスュトラッチ元侯爵とガレンは付かず離れずの位置で見守っている。家族団欒に遠慮したというよりも、観察者目線で考えるに、「放っといたほうが興味深い生態が見られる」というところか。
ともかく、総勢10人を超える大所帯で、走り回りたい盛りの子供も居れば、ちょいちょい無意識に失言したりさらりと暴言を吐く大人も居る。他人の目を気にしなくて済む貸し切り見学は有り難い。
「ガレットもデロワも、思った以上に楽しめて良かった」
「お姉さんの楽しそうな気持ちが伝わっているんだよ、きっと」
フルンはそう言うが、こうした文化的な施設は一度目の人生を思い出しても、小学校低学年くらいの子供にとっては決して面白いものではないだろう。それを、ちゃんと大人しくみなと一緒に着いて回れるだなんて。
「もしかしなくても2人は天才だわ」
「姉さん。それは身内の贔屓目が過ぎるわ」
「ええー?そう?」
双子でも、同じように体を動かすのが好きでも、細かにみれば性格は異なる。姉ガレットは野山に分け入り狩猟や採集を好む勝ち気な性格なのに対して、弟デロワは馬や豚、鶏など生き物の世話をしたり、へんてこな歌で場を和ませる温和でひょうきんな性格だ。それが良いのか、ケンカすることも殆どないし連携は見事だし、春熊狩りでも邪魔どころか褒めてもらったほど。頭付きの熊皮も、そのご褒美にと防腐加工をして貰ったそうだ。
「あ!これ知ってる!」
「うん!家でも育ててるやつだ!」
「そう!よく覚えてたねー、すごい」
「その高い木に生えてる苔もだな。昔、よくヘルギさんに取って来いと言われた」
「えー!あれも取って来させたの?あの木、ツルツルしてて危ないのに」
運動音痴のヘルギは自身では採取出来ない、高い木だの崖っぷちだの流れの早い瀬だのに見つけた有用な植物や鉱物を、まだ小さい子供だったダルドワーズに言いつけて取らせていた。
「あの頃のダルドワーズは、とにかく力が有り余って居たからな」
「喧嘩も日常茶飯事でしたわね」
「向こうから絡んで来たのを返り討ちにしただけだから、ダルは悪くないぞー」
医薬学に精通した少年を拾った家族だけに、植物を見れば思い出が蘇る。興味がなくても一緒に暮らしていれば、嫌でも薬草の類に詳しくなるし、“知っている”ものがあちこちにあれば、ただ漫然と見学するよりもずっと親しみや楽しみが湧く。まさに大人の社会科見学の醍醐味である。
「次はこっちねー」
生け垣の角を曲がれば、空気がピリリとひりついた。その主は、父と祖父。
「ガレン」
「すぐに管理人をここに」
「畏まりました。旦那様、坊ちゃま」




