ダルドワーズ28歳、夏。~噂の人物〜
「今日は、スヴァさんがうちの奥さんと子供たちも遊びに連れ出すってさ」
泊まり番明けの申し送りが済み帰宅準備を整えていると、カリソンがコメルシー邸の情報を伝えてくる。情報を逐一共有して危機に備える、防犯の基本だ。
まだまだ遊びたい盛りの子供たちを連れて母親が外出することは、ままあることだ。けれど、スヴァさんも“カリソンの妻子”も存在が目立ちすぎる。何処へ行くにも用心は必要だ。
「ルピスから聞いている。うちに遊びに来るらしいな。バンタルもこのところ勉強やら余所への顔出しやらで忙しく、気晴らしをさせたいとかで」
そう言いながらカリソンに手渡す業務日誌の間には「エクサン子爵家!空きあり!募集中!」と、半ば自棄糞のように殴り書きされた紙が一枚。
エクサン子爵家は、グルン伯爵家と同様、王国軍人の役爵の為に創設された貴族家だ。家名を持たない平民や、貴族であってもその役職を全うするのに充分でない身分の者に一時的に貸し与えられるもので、要は、カリソンに、副部隊長に就くよう求めているのだ。その下には「王都に一軒家の官舎付き!」の誘い文句もあって、さらにその下には小さく「※ただし部隊運営と社交の義務あり」ともあって、誠実と言える。
ダダールさんも、自身と妻ルピスさんの親兄弟を始め両家の家族みんなを養うのに金が要るから部隊長になんぞなっているだけで、気苦労の多いことは誰もが皆、知っている。強靭な精神力と肉体を誇るダダールさんでコレなら、自分の身に置き換えれば…、と想像力のある者ならば怖気づくし、そんな想像もできない人間には重役なんぞ務まらない。
「あ〜。ダル、どう?」
「王都にずっと駐留とか、考えただけで気が狂う」
「うんうん。王都って、国内一の人口を誇る、一般的には憧れの街なんだけどね」
「知るか」
上っ面の笑顔を貼り付けて、腹の中じゃあ他人を騙したり腐したり。そんな貴族社会には、どうも馴染めなかった。平民として、三姉弟の末っ子として、厳しくも愛情深く、のんびり賑やかに、偶に生命の危機を感じつつも、基本的には裏表ない環境で育った自分には、顔と手はキレイなままで騙し合い化かし合いをする世界は肌に合わない。
「ま。気持ちはわからんでも無いけどな」
アレが嫌だ、コレが気に食わないと、好き勝手に言っていられるのは恵まれているからだ。腐りかけの残飯を食い泥水を啜って生きてきたニンゲンには、そもそも選択肢なんぞ与えられない。生まれついたクソみたいな環境から抜け出す為なら何でもするってニンゲンのほうが多い。
世間知らずのガキだった俺に、そう、吐き棄てるように言ったのは、第一小隊長だった。その時の、頭を大盾でぶん殴られたような衝撃は忘れられない。その後の、モヤモヤを抱えたまんまで帰村した後の、スヴァさんヘルギさん、それからマディの掛け合いも。
「そういえば!大尉のお姉様、すっごい美人ですねー!」
「あー、まあな」
怒れるスヴァさんを捕まえられたのはいいが、頭に血が上って、とてもじゃないが説得できたものじゃない。それで、仕方なく、西棟の最奥に連れてきたのだった。以前の馬術指南とは異なり、突然だったために応接室までのあちこちでスヴァさんが目撃されている。
「ホントに!絵から出てきたみたいな!」
「全然似てない!」
「妹さんには似てますね!」
「もしかして大尉…」
「お前コメルシー男爵見たことないのか?!ヤバいくらいそっくりだぞ??」
「ダルのところは、女性陣は母親の血筋が濃いのだな」
賑やかな部隊員の会話が、少しだけ止んだところで、すかさずダダールさんが話をまとめにかかる。
スヴァさんは母親のスウェイビア女帝に似ていて、マディとも実の親子だから似ている。というか、マディは中身も外見も、スヴァさんとヘルギさんを足しっぱなし。
「つうか、ダルが父親似すぎだな」
「伯父上殿らも成長した甥御の姿に、さぞかし驚いたろうな」
「まあな。道中、何度も親父の名前で呼ばれた」
2歳の、まだよちよち歩きの頃の記憶が強いらしく、加えて、その頃の親父がまだ髭を生やしていなかったために、スウェイビア女帝は何度も俺を「ポルミエ、じゃなかった、アルドアンス」と呼んでは夫である王子殿下に窘められていた。
「そういや。その後、西国から手紙とかはないのか?」
「ああ、それなら実家の方から、母さんに来ていたようだ」




