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ミラベル14歳、夏。~噂の人物〜

「ええーーっ?」


 元外務大臣を祖父に持つあの“不作法な”ご令嬢が母方の家に引き取られて僻地の女子修道院に入れられると聞き、ミラベルは思わず声を裏返させた。


「しぃッ!声が大きいわ」


 今日のお茶会の参加者の1人は、情報通を自認する母を持つご令嬢。彼女の母親は刺繍の仕事を密かに請け負い家計を助けていて、その伝手で仕入れた、どこそこの夫人は今シーズンにどこの店で何色のドレスを作らせたとか、あの会では何色のドレスを着用する予定だとか、衣装被りがマナー違反どころか社会的な死に繋がる貴族社会に於いて有り難い情報の提供者である。


「ご、ごめんなさい。でも、ねえ?」


 両親が健在にも関わらず祖父母に引き取られるというのは、家の将来にも関わる醜聞だ。なんたって、子供一人を満足に育てることのできない家だと他の誰でもなく身内が断言し見限ったのと同じだから、他家からの信用なんてがた落ち。要職からは外されるだろうし、商売上も不利益が生じることだろう。


「わたくしも耳を疑いましたわ。でも、これから話すことをお聞きになったら、もっと驚いてよ」


「まさか、あそこのお家、これ以上の出来事がおありなの?」


「そうなの!というか、女子修道院ゆきが決まった事件がね、ありますのよ」


「まあ!聞かせて聞かせて!」


「もちろん。ここだけの話ですわよ」


 青く澄んだ空に小鳥の鳴き声の如く響いていた少女達の声が、まるで合図をしたかのように一瞬にして静まり、身を乗り出して円卓の中心に顔を集めた。


「先日、仮面舞踏会があったと、お聞きになって?」


「ええ。噂だけですけれど」


「あの方ったら、その会に御出になったそうなの」


「「「まあ!」」」


 あのご令嬢はミラベル達と同い年で、社交界デビューを迎える15歳まであと1年ある。遠い遠い異国に嫁ぐとか長期駐留が決まった外交官の子女とか、特別な理由があれば早めに社交界デビューを済ますことはあるけれど、あのご令嬢の振る舞いようでは到底無理だろう。


「どなたがお連れになったの?」


「それが、招待状ではお父様だったそうなのだけれど。どうもご存じではなかったのですって」


「っ――――??!」


 今度は両手で口を塞いで何とか声だけは抑えたミラベルだったが、頭の中は疑問符でいっぱい。それはミラベルだけではなくて。


「でも、お母様はご存じでらしたのでしょう?」


「どうしてお止めにならなかったのかしら?」


 皆が疑問に思うのも当然だ。

 舞踏会に出席するとなれば、前日までにドレスやアクセサリーを選び。当日には湯浴みしてから着付けや化粧、髪を結い上げて飾りをつけて。支度だけでどれほど時間が掛かるか。それに、淑女が出掛けるのだからエスコート役や馬車の手配だって必要だ。とてもじゃないけれど親に内緒で事が進められると思えない。父親が知らないというなら、家内で決定権を持つもう1人、女主人の命令と考えるのが自然だ。

 つまり、多くの賓客を迎える場に、社交界に出入りする資格のない人間を、虚偽の申告でもって正当な理由もなく侵入させるという、舞踏会の主催者に対して攻撃的かつ侮辱的な行為を家ぐるみで行ったと、見做される。


「しかもね」


「ホワイト・ドレスをお召しになったの?ええ??」


 正式に大人の仲間入りを果たしたことを示す純白のドレスは、生涯にただ一度だけ袖を通すもの。新品を用意できない家でもレースやリボンを付けるなり刺繍を施すなり、手を加えて“新品”にしてから着せるのが、親の当然の心と言われるくらいだ。それを、主催者の家格がどうあれ、仮面舞踏会という略式のくだけた会で着用するなんて。


「まさか、デビュタントのおつもりでいらした、なんてこと…?」


「まさか、そんなこと」


 入場に始まって、挨拶や適度な会話、踊り、軽食のいただき方まで。きちんとしたマナーが求められる正式な会でこそ、デビュタントの意義がある。大勢の大人たちの前で、これからは一人前の存在だと認めて貰う儀式なのだから。

 それが、初めてのお披露目の会が略式だなんて、親に見捨てられたのと変わらない。自身に置き換えれば深い絶望と羞恥と、悲しみさえ湧き上がる。



「有り得ますわね、あの方ならば」



 堪え難い精神的な苦痛に言葉を失くし、ずんと重く沈んだテーブルで、情報通を母に持つ令嬢が、ゆっくりとお茶を飲み、低い声で言った。


「わたくし先ほど、女子修道院ゆきが決まった()()と、申しましたでしょう?」


「ええ。てっきり、お家を変えてデビュタントのやり直しをするためかと思ったのだけれど、違うのかしら?」


 これまでの話を聞くに、生家は仮面舞踏会を主催した家にそうとう睨まれている筈だ。母方のほうも巻き添えを食らうのを恐れて元凶である孫娘を「神への奉仕」という名目で王都から遠く離れた地へ追い出したのだろう。幸い、仮面舞踏会では誰何しないのがマナー。家名を改めてから修道院に入れ、ほとぼりが冷めた頃に別人として社交界デビューもできるだろう。


「それがね。まだ、ありますのよ。そもそも、こんな醜聞がどうしてこうも詳細に伝わっていると思われまして?」



 決まりきった娯楽に飽き飽きしていた上流階級の人々は、仮面舞踏会で目撃した“珍奇なる生物”をたいそう面白がり、笑い話としてあちこちで吹聴した。人から人へ伝わるうちに段々と話は過激に、下品になって、今では「酒を浴びるように飲み、野の獣のように大暴れに暴れて使用人を殺め、休憩室に強引に男を連れ込み朝まで過ごした」とまで言われているらしい。


「「「――――――!!!」」」


 下級貴族家とはいえ、きちんと教育を受けた小さな淑女たちは、恐ろしさ、罪深さに圧し潰されて声すら出ない。失神こそしないまでも、皆一様に青褪め、華奢な手を震わせているご令嬢もいる。


「実のところは、お酒を過ごされて足元が覚束なかったために迎えが来るまで休憩室でお待ちいただいたのですって。主催された家のご夫人なんて、あんまりにも酷い噂が広がってお可哀想だと仰っているそうよ」


「まあ!そうでしたの」


「貴女のお話がとっても面白くて、つい引き込まれてしまいましたわ」


「そうよ、そうよ。安心したらすっかりお腹が減ったわ」


「うふふ。ごめんなさいね、皆様」


 小鳥の囀るような笑い声を再び青空に響かせ、少女たちのお茶会は和やかさを取り戻す。見た目にも美しいケーキをフォークで小さく切り分けながら、笑顔を浮かべながら、しかし、ミラベルは考える。




 ―彼女をエスコートしただろう偽物の父親は、いったい、誰?



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