マドレーヌ14歳、夏。~よみがえる恐怖〜
「坊ちゃま、お嬢様。こちらが今回の発表内容でございます」
招待状には研究テーマと筆頭演者だろう人間の名前と所属の一覧が書かれてあった。なるほど、これを見て有力者は見学するか否かを決め、実際に発表内容を確認した上で、利益となるだろう研究に資金等の提供をする仕組みのようだ。
「ガレンさんの注目していらっしゃる研究は、どれですか?」
「ふうむ。この、麦の新品種というのも、開発手法がたいへんに興味深く思います」
「食糧の確保は安定経営に欠かせませんもんね」
「はい。加えてこの分野は王立植物研究所の所長殿の専門分野でして。果たして、この研究者は、どのような発見をしたものかと」
「………」
薄ら寒いものを背筋に感じつつ、お茶を一口。さすがはVIPルーム。手触りの良い椅子に、小さなテーブルにはお菓子もお茶の用意もあり、不足があれば扉の向こうに待機している使用人を呼べばすぐに用意するという至れり尽くせりぶり。なお、椅子は手触りだけでなく座り心地も良いのだろうが、実父に後ろから拘束され足の間に座らされているので、いまいち感じ取れない。
「あ、始まったみたい」
数回だが面識のある王立植物研究所の所長が短い挨拶を述べ、「私も発表を楽しませてもらおうと思います」の言葉で締める。
……思えば、その時点から、少しばかり予感はあったのだ。
「もう帰ろうか?」
「ううん、大丈夫。ちょっと、そう、悪い夢を思い出しただけ」
階下で繰り広げられる光景に、当事者ではないのに胸がバクバク、胃はキリキリ。のーんびりした生活ですーっかり忘れていた学会の風物“死”が蘇る。
「ちょっと教えていただきたいのだが」
「不勉強で申し訳ない」
「私はこの分野は専門外ですが」
そんな前置きの直後、鋭い質問が矢の如く降り注ぎ、ぶすぶす突き刺さる。下手すれば助走をつけて殴りかかる勢いで演者にダメージを与えていく。そこそこ経験値を積んで準備万端な研究者ならまだしも、まだ年若い研究者はタジタジを通り越して顔面蒼白で涙目。
そう、これは紛れもなく「素人質問で恐縮ですが」砲だ!本来の意味は「専門分野ではないので素人のような質問をしてしまい大変恐縮ですが」なのだが、その実、最も弱いところを狙って的確に致命的な一撃を与える前振りであり、精神的な破壊力抜群の呪文である。その遣い手が、農学教師ジャック・フラップと彼の盟友という王立植物研究所の所長だった。
「大変興味深い報告です。さて、私の理解が追い付いておらず恐縮ですが、まず、研究の目的が明確ではありません。何を調べたいのか研究者自身も整理できておらず、その点において、考え直す必要があるように思いますが、いかがでしょうか?」
これはもう、針の筵どころか、いっそひと思いに殺してくれと懇願したくなるレベルである。心臓がキュッと縮む心地がする。ああ、現世も前世も、学問で身を立てるのは難しい。
「おや。どうかしましたか?」
「共感疼痛の存在をひしと感じていたところです」
「哀れみ深いぼくの天使、あのような未熟者に心を痛めるなんて。わかった、今すぐその憂いを」
「いいから。側にいて」
倫理観と良心が皆無な危険人物が勝手に動かないよう、腰に回された腕をぎゅっと掴めば嬉しそうに抱き締め返される。少しばかり窮屈だが、まあ、人命には代えがたい。
「あ、休憩だって」
多数の研究者の屍がうず高く積まれた凄惨な光景が見えそうで、とてもじゃないが階下には目を向けられない。けれど、このまま貴賓室に居るのも、憚られた。
顔を動かさず、目だけで同室者の様子を窺う。彼は耐え難い苦痛に耐えるように膝の上で固く拳を握り、上体を僅かだが前に倒して、それでも前方をじっと見つめていた。
「おじい様。特別なお茶を淹れて来たいのですけれど、ガレンさんをお借りしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろん」
「ありがとうございます。わたし、この建物は初めてで、迷ってしまうかもしれませんから、先に謝っておきますね」
「おやおや。そうですね、休憩の終わりは鈴で告げる手筈になっていますから、鳴り終えるまで戻れば間に合うでしょう」
「はい。どうぞ、よろしくお願いします」




