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マドレーヌ14歳、夏。~研究発表会〜

「ご無沙汰しております、フラップ先生」


「なんと、よもやこの会場にて再びお目にかかれるとは」


「孫たちが世話になっているようで」


 人の動きが活発になるこの時期は、様々な催しが各地で開かれるのだという。日中は男性なら乗馬や狩りなどのクラブに、女性はお茶会や他家に出掛けて過ごし、夜にはオペラ鑑賞や晩餐会、夜会に連れ立って参加する。他にも競馬や剣術などのスポーツ大会、独身男女のお見合い場でもある舞踏会も開かれたり、とにかく王都やその近郊は毎日なにかと忙しない。

 そんな中で、前世で言うところの「学会」にあたる研究発表会も開催されると知り、祖父と父と、それから農学研究家のガレンの4人で見学に赴いたのだった。というのも、祖父の元には医薬学の、ガレンの元には農学の分野の研究発表会の招待状が届いており、お好み焼き用の葉物野菜のさらなる開発のヒントがないかと“お誘いあわせの上”の一文に乗っかった形である。


「なるほど。ガレン殿の」


「はい。無理を言って、同行させていただきました」


「お嬢様の見解は非常に進歩的であらせられ、年寄の凝り固まった思考に刺激を与えてくださるのです」


「ちょ、ガレンさん。身内の贔屓目が過ぎます」


 研究発表会の見学者には有力者も多く、ここで後援者がついたり予算が増えたり、人脈を広げたり、そうした実利を期待しなくては後がない、かなり切実な内情を抱えた研究者達も集うらしい。お気楽な見学者風情が第一人者と知り合いなんて、周囲からの視線が怖い。


「その、謙虚さも相変わらずですな。ところで、そちらは新しいお弟子ですかな?」


「ええ、まあ、そのようなものです」


 ガレンに代わって答えたのは、元侯爵だった。

 今回、人の多く集まる場に参加するに際し、スヴァーヴァから変装命令が下っていた。そこで、マドレーヌは何処にいても目立つ髪をきっちり結い上げてモブキャップで覆い隠し、実験用の黒縁眼鏡に詰襟ブラウスとエプロンドレスで、地味なメイド姿に。ヘルギの方はコメルシー男爵から借りたぶかぶかの服に帽子、やはり実験用の黒縁眼鏡という全体的にもっさりとした出で立ちで、サラサラの金髪も染め粉で茶色にする念の入れよう。傾国の美男子の原型はほぼない。


「後継がお育ちとは、薬園も安泰ですな」


「さて。腕も勘も申し分ないのですが、少々、人間関係の構築に難があるのですよ」


「ははは。優れた研究者は、往々にしてそうしたきらいが御座いますなあ」


 謙遜でもなく事実を述べる祖父に、素知らぬ顔の父。それを懐かしそうに見守る老使用人。微笑ましい親子の間に漂うほんわかした空気は何処にもないが、それで良いのか。


「では、後ほど、忌憚のないご意見もお伺いしたく」


 そう言う農学教師と別れ、案内されたのは上階にある広々かつ豪華な一室だった。それこそ、コメルシー王都邸の使用人も合わせた全員で見学できそうなくらいに広い室内には、身なりの良い紳士が一人、傍らに護衛らしき男を侍らせているだけで、他には離れた位置に頑丈そうな一人がけの椅子とカウチソファが並んでいるきり。どうやら、利用者はここにいる二組だけらしい。元候爵とヘルギは同室者を一瞬だけ確認すると、一人掛けの椅子とカウチソファに、それぞれ座った。


「ガレンさん?詰めればみんな座れますよ?」


「いいえ。私めは」


「でも。おじい様はともかく、わたし達はガレンさんの招待状のお陰で来られたんですし。この場合はガレンさんが主になると思うんですが」


 どうも、他家の目があればスュトラッチ家の体面に瑕がつくという想いが強いようだ。多分、おそらく、ほぼ確信を持って断言できるくらいには、彼の主である元侯爵は、そんなことなぞ気にする御仁ではないのだけれど。


「わかりました。ガレンさんがお座りになられないのであれば、わたしも立ってます」


「え。じゃあぼくも」


「おや。では私も」


「呆け老人は黙って座ってなよ」


「なんと!老い先短い老人の、可愛い孫との睦まじい時間を邪魔する気ですか、君は」


「善人ほど早死にするという伝え通りなら、随分と長生きするんじゃないの」


 いい歳をした父子の、どうでもいい言い合いに、同室者が俯き気味で肩を小刻みに震わせだした。さすがにこれは、忠実なる使用人ガレンならば見過ごせまい。血縁者でも居た堪れないのだもの。



「というわけなので、座っていただけますよね?わたし達、お友達なんですから」


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