メティヴィエ・キエフルシ27歳、夏。~ソーメンナガシと胸のときめき〜
「何を、言って……」
フルン・スュトラッチの言葉に戸惑っていると、庭から大きな声が響いた。
「ダル!マディ!ガレット!デロワ!」
太陽の光よりも眩しい笑顔で立つ美しい女性の手には、浅い笊に入った赤い豆。猫のような吊り目がちな瞳はきらきらと輝いて、しなやかな腕を惜しげもなく陽光に晒している。一つに束ねただけの髪も簡素な衣服も、賤しいどころか気高くすら見えるのだから、不思議なものだ。
「バラける前の上向き軌道の時に捕るべきだよね。あとは、水から出ない分もあるかも」
「だな。俺らは取りこぼしを下で捕まえるか」
熊みたいに体の大きな青年は不吉の象徴とされる双子の男女に腰をかがめて何事かを言いつけ、双子も屈託ない笑顔で頷く。赤髪の女神と並んで立つピンク色の珍しい髪色の少女は母親と面差しがよく似ていて、また、笊を手にした父親にも同じくらい似ていた。
「流すよー」
太陽神が告げると、青年はその場に膝をついて背を屈め―――。
女神が、
天使が、
飛翔した。
「「まあ―――ッ!」」
「「「おおおおおおおお!!!!」」」
青年の体を踏み台にして、2人の女性がひらり宙を舞う。まるで翼が生えているかのように軽やかに、神前に捧げるかのように荘厳に、陽光の中を舞い踊る。
「ふんッ!」
その下では、精悍な青年が邪気を祓うかのように、ピザを取り出す長い柄の付いた板をブンっと振って風を起こして落ちてくる豆を一方向に誘導し。その先に無邪気な子供が、祝福を受けるかように、ちらちら降る赤い粒を広げた掌に乗せてゆく。
それは、まるで神話の如き、聖なる光景で。
「マドレーヌは、ますますスヴァーヴァ様に似てきますわね」
「ああ」
コメルシー夫妻の嬉しそうな声。
窓の向こうでは、流した豆はすべて捕ったぞと言わんばかりに、集めた豆を入れた笊を片手ずつ持って掲げた母娘がこちらに手をぶんぶん振っている。その笑顔に、心はざわめき全身に熱い血が駆け巡る。言いようのない幸福感に満たされる。目が、釘付けにされたように、もう動かせそうになかった。
「凄いわねえ」
「異論はないが、いったい、何がどうして、日々の鍛錬の成果をこうも遊びで発揮したがるのか」
デライト夫妻の声が、遠くからのもののように、やけに小さく聞こえる。窓の外では、赤い女神が、子供達も自身よりずっと大きな男も等しく並べて同じように頭を撫でている。
「尊い………」
溢れ出た想いが口から洩れたのは完全に無意識で、周囲を気にする余裕なんてまるで無かった。そうでなければ、王家に次ぐ地位にある公爵家の尊厳に瑕をつけるような発言を、自身に許す筈などなかったのに。
「恥じ入る必要など、ございません」
己の不覚に唇を噛むと、マリー・コメルシー男爵夫人、婚前はマリア・ウリクセス公爵令嬢であった、貴婦人が、そっと囁く。
「スヴァーヴァ様にあらせられましては天界より天降し在ます尊体なれば、ほかに尊き極めの在らまさざる如く」
穏やかだが確固たる信念を感じさせる、それは敬虔なる高潔なる神官のようで。熱を帯びた言葉は甘露のように体に染み渡る。
「すべては尊き御心の導き」
「マリー夫人…!」
手に手を取って、目と目が合えば、何も言わずとも通じる心があった。頷きあえば、分かり合える想いがあった。
「まいどー!ピザお届けにきましたー♪」




