ソーメンナガシ百景
「カリソンさんはまたお肉スペシャルにする?」
「そうしたいところなんだけど。子供たちの手前、野菜もちょぉーっと入れとこうかな」
「この前は叱られちゃったもんね、パパさんは大変だ。あ、野菜のとこにマヨネーズ掛けよっか?」
「マドレーヌちゃん!それは素晴らしいアイデアだ!」
ピンク色の髪の少女がまだ焼く前の白っぽい生地を皿に乗せて持ってきて、あれこれと具材を決めたらダルドワーズが窯に入れる。以前と何一つ変わらない日常が続いている。ぬるま湯の日々が、続いてしまっている。
「密偵は、バレたら死ぬのがお決まりだろうが」
「この人手不足に寝言を言ってる暇があるなら焼き上がったのを向こうに運べ」
「はいはい。あー、つくづく、人遣いの荒い後輩だよ」
未だ落ち着かない心の内を吐露すれば、どれだけ小さな声でも耳に届いてしまう。周りを超人で囲まれているせいで本人に自覚は薄いが、超人に育てられただけあって、ダルドワーズもまた人間離れした能力の持ち主だ。その力量を甘く見積もり過ぎたのが、この事態を招いてしまった。
「おーい!ピザが焼き上がったぞ!さっさと手ぇ洗って来い!!」
*****
「ねえ。こんな高級果物、ホントにいただいちゃって良いの?」
「ちゃんと捕ったんだから、貰っていいんだよ。お前たちも食べたいよなー?」
「「うん!」」
カミさんが不安になるのも道理だ。その辺で採れる木の実や小さな果実なんかじゃなく、何処か遠い地からわざわざ運んで来た大きく艶々した果物様にお目にかかるなんざ、大金持ちならともかく、我ら一般庶民の身の上じゃあ、生涯に一度あれば儲けもの。なんせ一流どころしか相手にしない問屋に卸され、庶民お断りな高級店に買われ、上流階級な連中の元に届けられる。庶民の頭の上はるか彼方にしか存在しない、雲の上の食い物だ。
それを、たかが娯楽の景品にするなんざ、金持ちの道楽だと感じる心もなくもない。が、そのお貴族様ご本人様も参加して同じ場所に立って、時々つまみ食いしているのだから、“下々の者に恵んでやる”なんて意識は頭の隅にもないんだろう。
「ダルー!マディー!これおいしいぞー」
「食べる食べるー」
「いや、俺は」
「良いから来ーい」
まだ籠にはたくさん果物が盛られているのに、小さな子供から体の大きな男まで、皆が揃ってたった一つを分け合っている。ソコには貧しさなんて無く、幸せそうな笑顔だけがあった。長年の付き合いで嫌になるほど互いを知っている階級上の後輩が、珍しいもの、旨いものほど仲間に勧めるのは、この生育環境のせいなんだろう。
「ちょっと待ってな。食べやすく切ってやるから」
「ううん。今は良いや」
「そだね!持って帰ってばーちゃんと一緒に食べようよ!」
*****
「相変わらずだな、お前んとこ」
瑞々しいオレンジの甘く爽やかな果汁を口いっぱいに堪能しながら生地を鉄板に広げていると、バンタルがやって来る。
『あの時の返事は。今じゃなくて、もっと、未来の俺を見てから教えて欲しい』
妹弟たちが王都に着いて間もなく、グルン家とカリソンの一家と3家で行った流しそうめんで、気まずい想いを抱えていると、改めてそう告げられた。それまでは保留という形を取ると決められて、先延ばしとは解っていても、気持ちとしては随分と楽だ。
そんな彼が目の動きで伝える先は、スヴァーヴァとその隣で張り付くように立つヘルギ。子供たちにひと通り分け与えて小さくなった残りをナイフでささっと切り分け、自身と夫の口に放り込んでいる。
「バンタルのところだって、ほら」
「おぉう、マジか」
万年新婚夫婦の馬鹿ップルぶりに触発されたか、ダダールも獲得したオレンジの皮を剥いてルピスの口元に持っていく。恥ずかしそうにしていたルピスだが、二言三言交わすうち少しだけ目を伏せ、それからまた笑った。ダダールの口の動きを言葉にすれば『これはこうして皮を剥いて食べるものなんだな、旨いな』で、それは無知から来るものではなくて、オレンジに触れる機会のなかった環境に依るもの。
目に見えなくても、感じなくても、やはり王国は階級社会なのだ。明確な分断がある社会なのだ。
「ダダールさんとこは、生まれた時からの幼馴染らしいぞ」
小さな村でのんびり育った己の世間知らずぶりに少しだけ落ち込んでいると、ピザ窯から声がかかる。焼き上がったピザを出しながらダルドワーズが続けて言うには、ダダールとルピスは親が同じ園地で働いていた縁で家族ぐるみで親しく、初恋の女の子を守りたい一心で体を鍛え始めたのが筋肉ムキムキの第一歩だったとか。
「その初恋、て、まさか」
「ルピスさん」
「だ、よなあ」
思わぬところで両親の馴れ初めを聞かされたバンタルは顔を真っ赤にして空を仰いだ後、ジュウジュウ小気味良い音と食欲を唆る匂いを周囲に撒き散らす鉄板を見つめた。
「これ、見たことないな。新作か?」
「うん。お好み焼き!豚玉やで~、兄ちゃん食うていかへんか?」
よくぞ聞いてくれた!やっとやっと完成したのだ!
この世界にもキャベツはあることはあったが、重くて硬くて繊維質。千切りにするのもひと苦労で、聞けば、暖炉の上に置きっ放しで3日間煮込んでも原型を留めているのだとか。これでは、お好み焼きになんぞしたならば、シャキシャキを通り越してゴリッゴリッになるだろう。そのため長らく諦めていたけれど、軟白栽培で柔らかい葉物野菜が出来たのだ!
顆粒ダシも鰹節も青のりもないけれど、正確には「ねぎ焼き」に近いけれど、まあいい。
「なんだ、その変な言い方。まあいいか。実験台になってやるよ、一つくれ」
*****
「シャルの好みそうな品を選んで来たが、どうだろうか」
「まあ!素敵だわ、ありがとうナウル」
お腹の膨らんだ妻を大きな椅子にゆったり座らせたまま、この国の筆頭侯爵で次期宰相と目される男が、使用人のように庭と室内を行き来している。妻の方も、驚くでもなく幸せそうな笑顔で受け入れているのだから、それがこの家の日常なのだと、否、日常になったのだと、頭ではなく心が理解した。
平民と貴族が同じものを食するなど、あってはならない。そもそも食材、調理場、調理人、すべてが違って当たり前なのだ。それが、この国の、正しい有り様だと、皆が教わって来たはずだ。
「ここは治外法権だよ、キエフルシ公爵夫人」
朧気な湯気の立つ温かなお茶のカップをことりと置いて、耳元で囁かれる声は出来の悪い生徒を優しく教え諭すようで。戸惑いも驚きも、表情に出して居ないはずの感情をすべて見抜かれた羞恥心に体は燃えるように熱くなる。一つ年下のこの男は成年前から何かと話題を振りまき周囲を翻弄してきた。血の濃いスュトラッチ家の人間でなければ、王女が配偶者として望んだ人間でもある。だが、その、すべてを見透かすような眼差しも醒めた態度も、昔から苦手だった。
「あら。豪華な給仕ね、スュトラッチ卿」
「たった今、神託があってね。ルゥくんに妹ができたそうだから、お姫様おすすめの薬草茶をお持ちいたしました、麗しの貴婦人」




