表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
484/1085

カリソン33歳、夏。~なんでもない日常~

「カリソンさんはまたお肉スペシャルにする?」


「そうしたいところなんだけど。子供たちの手前、野菜もちょぉーっと入れとこうかな」


「この前は叱られちゃったもんね、パパさんは大変だ。あ、野菜のとこにマヨネーズ掛けよっか?」


「マドレーヌちゃん!それは素晴らしいアイデアだ!」


「マディ、そろそろ最初のピザが焼き上がるぞ」


「わぁー!おいしそう〜」


 それはいつも通りの、以前と何一つ変わらない、日常だ。


 *****



「あ~、先に言っておくが。別に家を借りても、外出も、自由だ。ただ、皆の安全を確保するには今のところ此処が一番だって判断しただけだからな」


「何を、言って―――ッ!?」


 コメルシーの、残りの家族を乗せたのと同じ隊の別の馬車で妻子が王都に連れて来られた時、最悪の事態が頭を過ぎった。ダダールさんは、あの時現場にいた人間に口止めはしたが、国王直属の密偵だと大勢の前で露呈した以上、俺本人は言うに及ばず、何も知らない妻子も危険に曝される。だから急ぎ文を出して村から出るよう伝えていたのに、まさか……。

 けれど、不安と心配は、パタパタと嬉しそうに降りてきた子供達の顔を見て、戸惑いに変わる。


「お家が雨漏りしそうだから直るまでの間、ここで一緒に暮らすって、本当?」


「ああ。カリソンもな、お仕事が終わったらここに帰って来るぞー」


「やったぁ!」

「「わぁい!」」

「「「「ずっとお泊まり会だー!!!」」」」


「あの、皆でお世話になって、いいんですか?」


「ええ、お願いできるかしら?双子は初めての王都でしょう、近くにお友達がいるほうが、心強いわ」


「はーい、みなさーん。先ずはお部屋に案内しますね〜」


 スヴァさんとマリー夫人の言葉に恐縮しきりの妻と、双子と手を取り合いぐるぐる廻りながら喜ぶ子供たちをマドレーヌちゃんが有無を言わせず家に招き入れた。相変わらず、ここの家の女性陣は流れるように見事な連携を見せる。


「カリソンを巻き込むとなった時に決めてたんだ。念のため村の防衛力の強化とカリソンの家の防犯対策もしとくかって。あ、これ、領主命令」


「マジか」


 領民は、あくまで領主に土地を借りている身分。作物の生産量が向上した農地を領民から無理やり取り上げる事例だって珍しくはない。だが、わざわざ改装するために取り上げて、その間、代わりの住まいを用意する領主なんて、前代未聞だ。


王都邸(ここ)の外塀、変わったろ?」


「ああ、石から赤レンガになったな」


「見た目はな。中は、古い技術と今の技術を融合させてある」


 発案者は、例によって我らが村の愛すべき末姫様だった。剣術指南をする兄を待つ間、図書館で古代遺跡の建築についての書物を見つけて読み耽り、レンガや石を組んだ枠の中に、どろどろの、石材の素のようなものを流し込む工法を発見。それに現在の鋳造技術で造った鉄の棒を組み合わせて、壊れにくく燃えにくい建築工法の()()()を「これ、実現可能かなあ?」と、渡してあったそうだ。



 ……ちょっと何言ってるか解らない。



「改装中に、強度の確認のために金槌を思い切り振り下ろしたらしいんだが、まったくビクともしなかったんだと」


「改装工事はどこが請け負ったんだ?」


マリア商会(うち)の従業員」


「第三部隊コメルシー支部かよ」


 怪我をしたり心を病んだりで再就職先のない退役軍人を積極的に雇い入れてくれる有り難い商会だけに、従業員の多くが先輩後輩の間柄。ついでに無茶振りも慣れている。そりゃあ、技術(うで)も連携もばっちりだ。


「カリソンの家も、これで建て直したいんだが、良いよな?」


 領主命令だ、拒否権など無い。筈なのに、いちいち確認を取る辺り、この家の連中はイマイチ階級社会や身分の上下に疎い。大体にして。


「お前らに、何の、利点がある?」


「あ?領民を守るのは領主家の義務だろ」


「…それ、本気で言ってる?んだよな。ダルのことだから、そうなんだよな」


 主は民を守り、民は主に尽くす。そんな美しい主従の在り方なんて、子供でも薄っぺらいタテマエだと知っている。主は民を生かさず殺さず、逃げる気力を奪われた民は土地に縛り付けられる。そうやって、うまく回すのが貴族の“正しい”やり方だ。それをまさか、本気で、口先だけの建前を現実にしようとする夢想家が、こんなすぐ近くに居るとは思わなかった。


「寧ろ、どうする積りだと思ってたんだ?」


「そりゃあ、ほら、家族をドーコーされたくなければ、的な?」


「あー、それな。その展開が起きると面倒だから村に移住するよう誘ったんだが。まあ、そうだな、もし万が一、それをやったら俺が村を追い出される。未来永劫、死んでもずっと」


「……ダル、嫡男だよな?一人息子だよな?」


 この国は嫡子単独相続が基本であり、王家を筆頭に継ぐもののある上流階級のお方々は言うまでもなく、あばら家に暮らす平民でも、“嫡出の長男”はそれだけで価値がある。養子に迎えた子がどれだけ可愛くても、優秀でも、両親の元に生まれた子が優遇されるのだ。


「ああ。ただ、親父は雇われ領主だけどな」


「雇われ領主」


「爵位を貰う羽目になった盗賊退治も、実質、やったのヘルギさんだし」


「は?あの人じゃあ無理だろ??」


「生活用水として棲み家に引き込んであった沢に遅効性の毒を少しずつ流し入れさせたって」


「……」


「ヘルギさんの知る限り、あの村らへんが一番安全で暮らしやすい土地だとかで。スヴァさんと暮らすのにちょうど良い家屋もあるから、丸ごと乗っ取りゃ良いってなって」


「………」


「その話を聞かされて親父や商会の男連中と皆で様子を見に行ったら、半分死んでた。窒息で。残りも殆ど動かなくなっててな。まだ息のあるのを町の教会に運んでやったら、盗賊団を討伐したことにされた」


「そうか、そうか、そうか。あー…、なるほど、なるほど。うん、うん、うん」


 指を折って数えてみる。逆算すれば、ダルドワーズくんは当時12歳。まだまだお子様な時期に、随分と衝撃的な現場を目撃したものだ。そりゃあ、多少のことでは動じなくもなるわ。それに、幼い頃から一緒に暮らす兄貴分が本気で「やるときはやる男だ」とも実感しちゃった訳で。そりゃあもう、約束破ったら恐怖しかないな。


「あー…、そうだなあ…」


 コメルシー家の王都邸は、空き家のうち、一番広い庭のある家を選んだと聞く。そのご自慢の庭を含め、屋敷を囲む頑丈な塀の上には鉄柵まで設けてある。赤レンガに黒く塗った鉄の、凝った装飾は美しいけれど、柵は柵。

 ここは、王都にひっそり建つ、隠れた要塞だ。家族を守るには、ここ以上に安全な場所があるとは思えない。それは、よく、解っている。けれど、心が訴える。もっと、彼らを信じるに値する何かが、欲しかった。


「何で、俺が王家の密偵だと?」


「王家、じゃなくて個人だろ?」


 間髪入れず返答がある。


「訂正。俺が、国王の密偵だと、判断した理由を。後学のために」


 ダダールさんが言うには、俺が何事かを隠しているのは、薄っすら感じていたらしい。それが確証に変わった原因はダルドワーズで、「ダルには口止めしておいた」から、今の今まで彼ら以外にはバレずに済んでいたようだ。


「母さんが、カリソンのナイフ投げを見て、御流儀と称して限られた人間にしか伝授されない、古い時代の格式高い小刀術だというからダダールさんに聞いたんだ。いつ教えてくれるのかって」


「ぅえッ?そうなのか?あの、ナイフを飛ばすやつが?」


 新しく父親になった男は、正体どころか本当の名も知らない。けれど、ほんのり酔っ払って心地よくなるとナイフを弄んで投げ方を教えてくれた。酒を飲むとその思い出が甦って、つい、ナイフをひょいひょい投げてしまう。まさか、それが。


「あとは、手首の鳥だな」


「これが?」


「昔、ヘルギさんに聞いた異国の物語に出てくる鳥とそっくり同じだった。政治が正しく行なわれているかの象徴、だったか」


「あ~、そうかそうか」


 馬鹿馬鹿しい。実に馬鹿げている。

 生きるために俺が掴んだ糸は、この家族を起点にしていて、王国内のあちこちを散々巡った挙げ句、また元に戻っただけなのだ。


「諸々、宜しく頼むぞ兄弟」


「任せろ、兄弟」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ