フュルギエ50歳、夏。〜神の思し召し〜
「なんだ、こう……、部分的に見れば確かに似てはいるんだけど、イマイチ惜しい感じがするんだよなぁ」
「でしょう?この像には狂気がないのよ、狂気が」
中央教会の聖堂に凛々しく勇ましく立つ太陽神の像と、それに瓜二つの見目麗しき男を並べて。ここまで好き勝手に言えるのは、王国広しと言えど、この母娘だけだろうな、と大司教は笑顔の奥で思った。
「やっぱり実物のほうが断然いいな〜」
「えへへ」
「はいはい。ソーデスネー」
キエフルシ公爵家が寄付金を携えて貴賓室の私的利用を願ったのは、数日前のこと。夫人は、密会ではあるが決して神の道に背くものではないと言い、相手を問えばまさかの弟一家。教会経営者としての打算に少しの私情も挟んで許可を出し、修道女も修道士も住まいとするそれぞれの建物から決して出ないよう言い付けた。そうでもしなければ、この3人を迎えるのは、危ういと思われたからだ。
「この像って、太陽神なんだよね?」
「正確には、ロドヴィーゴが26歳から約3ヶ年をかけて完成させた、太陽神の像、と称される作品だね。この像は当初、旧王都で2番目に古い教会の聖堂に置かれる筈だったんだけれど、資金不足と王都移転により未完のまま野晒しで放置され、その後、幾度もの契約破棄の末に当時の高名な天才彫刻家に委ねられた、とされている」
「へー」
「“称される”とか“されている”ってのは、まだ確定じゃなく研究段階ってこと?」
「この像には裏話があってね。本当のモデルは現王家の祖先で、自分たちと神様を紐づけして支配の正当性を誇示する為に太陽神ってことにしてあるんだ。制作者も、本当はロドヴィーゴという若者なんだけれど、世間には彼の師匠の名で広まっている」
「「うわぁ~」」
「ヘルゲート。そろそろ貴賓室に」
集団生活に向かない異父弟は成人後も王立学院に通う予定はなく、入学したその日に卒業出来るよう、14歳までに学院で学ぶ座学をすべて修了するよう教育を受けていた。が、その後に発覚したのだが、一流の講師らは各人の持てる総てをこの天才少年に注いでいたのだった。加えて王姉である母親に連れられて王宮にもたびたび出入りしており、王家と同等の、ありとあらゆる、外に出してはならない知識も蓄えているのだ。それらがするりと口から飛び出しかねない、というのが、厳重なる人払いの理由の一つでもあるし、実際に来てみれば、案の定だ。
「ねえ、村の教会に女神の像を」
「どうせ実物のほうが良いって言うんだから止めといたら?」
「それは、そうだけど」
「結婚式のときだって、母さんの姿絵がイマイチだからってギリギリまで支度もしないで描き直してたじゃない」
「あれなー!あんなに凄い絵を見たの、生まれて初めてだ」
当時の一流の宮廷画家や詩人や彫刻家や、講師に招かれたすべての芸術家が心血を注いで身に付けさせた技術を、弟は新種の薬草を記録するくらいにしか活用していなかった。それが、今になって、漸く花開いたらしい。実用が芸術へ昇華するには、対象への興味が必要なようだ。まあ、少なくとも母親の巨額な投資の甲斐はあった。
「ヘルギの絵も欲しいな。隣に飾りたい」
「「え」」
弟と、声が重なった。
ヘルゲートが生まれ持った類稀なる美貌を他人はたいそう羨むが、それが原因で望まぬ騒動に巻き込まれ続けて来たせいで、本人は好まないどころか嫌悪すらしている。だから鏡は決して部屋に置かず、姿絵を描かれるのも嫌った。
「嫌よ、夜ごと抜け出てイチャイチャしてそうだもん。だいたいにして、母さんだって実物のほうが〜って言い続けるのが目に見えてる」
「あー、それもそうだな」
娘は母に少し醒めた声で言いながら、父の手をキュッと握る。たった一言の、ごく僅かな異変を具に感じ取り、女同士らしいさばけた物言いに変えて。何も言わず言わせず、娘がサラリと出した救いの手に弟はホッとしたようだった。
これと決めたものに深く真っ直ぐ一途に執着する夫に同じだけの熱量を返せる妻と、執着が強いぶん自らもそれに囚われ身動きの取れなくなる彼の性分をよく理解し先回りして枷を外す娘。ヘルゲートが女神と天使に準えるのも決して誇張ではなく、この世界で生きづらさを感じていただろう彼にとって、まさに天界から遣わされた存在なのだ。
「相変わらず、仲が良いのですね」
「はい。今回のことで改めて思い知りました。両親がこうしてくっついているのが、世界平和の近道です」
親子3人を指したつもりで口にした言葉に、姪は遠い目をして、答えた。




