バンタル13歳、夏。~高嶺の花〜
「バンタル兄ちゃん!」
「久しぶりぃぃぃぃ!」
食ったばかりの昼飯が危うく出そうになるくらい、両側からぎゅうっと抱きつかれキツく締められる。珍しく小綺麗な服を着ているが、王都に来ても変わらずここの双子は元気な馬鹿力だった。
「こら、ダメでしょう。バンタルの服がぐしゃぐしゃになっちゃう」
「ホントだ!兄ちゃん今日はいつもと違う」
「ねー!おーじ様みたいだ!」
活動的すぎる2人の後ろからやって来たのは、2人の姉ではないけれど姉みたいな存在、ダコワーズ。
「ああ、もう挨拶は終わったんで大丈夫だ。つっても、みんなキレイな服だしな。お前ら、今日の稽古は無しだぞ」
「わかってるよ!」
「ねーちゃんにも言われてるもん!」
ガレットとデロワ。この男女の双子にとって“姉”はただ一人だ。ダコワーズにとって年下の姉に当たる、家族の長女で、両親のもとに産まれた唯一の実子、マドレーヌ。
「聞いたよ。大変だったな」
「母さんが父さんに黙って王都に出て来ちゃったからね。父さんと姉さんはそれを追いかけて、わたし達残りの面々も支度が整い次第だから、本当に、慌ただしかったわ。初めての旅行だし」
「マドレーヌは?」
「姉さん達は犬と遊ぶの。人を襲う闘犬なんでしょう?何かあると危ないからって、わたし達はこっちに」
今日は、我が家が主催する軍人の慰労会。滅多にパーティなんて開かない家に、わざわざ今日遊びに来るなんて、偶然にしてはタイミングが合いすぎている。「犬と遊びたい」なんて口実だ。本当はもっと別の、俺等みたいなガキは当然として、ごく限られた人間にしか教えられないなにかがあるんだろう。けれど、それが何なのか、ただのガキである俺には、想像すら叶わない。
「すごい、奴なんだな」
俺とダコワーズには紅茶、双子には果実水が行き渡り、菓子を食べて少し落ち着いた頃、そんな言葉が無意識のうちに口から飛び出した。
「何よ、今更気付いたの?」
「知ってたけどよ、でもな」
王都に来て、昔の知り合いにも会って、いろんな噂を聞いて。その度に、俺の恋した人間は、俺なんかが想いを寄せて良い人間なんかじゃないと、思い知らされた。「コメルシー男爵領に居た」といえば、決まって、名だたる家と共にアイツの名前が上がる。ほぼ知り合いの皆無な王都にやって来て、一年余りしか経っていない筈なのに。
「今度の安息日にソーメンナガシするから、バンタルも来なさいよね」
「え。いや、でも…」
勢い余った告白の返事は、まだ聞いていない。聞く前に俺が逃げたからだ。王都で剣技も知識もマナーもちゃんと学んで、せめて“弱っちい幼馴染”から“成長した男”になってから会おうと思って。けど、王都に来て高すぎる評判を聞いて、甘っちょろい考えも自信も吹き飛んだ。
「あのねえ」
そんな弱気な俺にダコワーズは呆れたようで、わざとらしい大きな溜め息を吐く。同じ年頃の人間がほとんどいないあの村で、本人の意志はともかく、ダコワーズは肝心なところで怖気づく俺にとって、たしかに姉貴分だった。今日も、だらしない俺を叱咤してくれる。
「姉さんを、ただの普通の女の子として扱ってあげられる他人なんて、アンタくらいしか居ないでしょう」
「普通、の」
あいつは、可愛くて頭も良くて剣の腕も立てば体力だってある。性格は、とにかく明るい。それと、王国で蔑まれる移民や忌み嫌われる男女の双子も“普通に”受け入れている。それだけでなく、出奔した貴族家の人間だって、“普通に”家族の一員として迎えている。
「ほらー!取って来ぉーい」
「キャン!」
庭の方から聞こえる賑やかな声と、聞き覚えのある犬の聞いたことのない鳴き声に、立ち上がって窓の外を見下ろした。
「いい子だなー、賢い賢い」
「ほんと、いい子だね〜」
人を見ればグルルと唸って牙を剥く、父親ぐらいにしか懐かない大きな犬が、赤とピンクの母娘の前では忠犬よろしく、凛々しい顔つきでしゃんと座って撫でられている。
「あれがバンタル兄ちゃんとこの犬??」
「大きいねー!母ちゃんよりずっとおっきーよ!」
「わたしには、ちょっと…、怖いわ」
「うん。それが“普通”だ」
筋肉質な超大型犬。ひと度襲い掛かられれば一溜まりもないだろう。父親いわく、その心の内の恐怖を見抜かれるから犬に舐められるのだという。だったら、あの2人には、恐怖心なんてないのだろうか。
「ああしてみると、あれも、普通の犬なんだな」
ぽーんと放られた棒っきれを拾い上げて持ってきて、褒められて嬉しそうにしている。指示された通りに座って、伏せて、手を出して、褒められて嬉しそうだ。
「そうね。普通に接してくれる相手がいるから、なのかしらね」
「そっか。そうだな」
「きっと、そうよ」




