マドレーヌ14歳、夏。~お疲れ様会〜
くりくりした大きな瞳を三日月みたいに細め、紅を差さずとも淡い桃色を帯びた唇は薔薇の花びらみたいに優しい曲線を描き、柔らかな頬がふくらと盛り上がる。それはまさに、光耀かんばかりの笑顔である。
「出して?」
「いいから」
「父さん」
そんな満面の笑みに似つかわしくない有無を言わさぬ強い口調に、金髪紫眼の男は無言でポケットを漁り、丸薬やら薬包紙に包んだ粉薬やらを出していく。
「まだあるでしょう?」
「………」
さらににっこり笑って問われるままに黙って俯きながら上着の内ポケットから取り出したるは、何やら透明の液体で満たされた小瓶。どこにどう仕舞い込んだものか、次々と出てくる怪しげな薬物をすべて取り上げ、ピンク髪の少女はそれらを傍らに侍る縦にも横にも大きい青年に手渡し、大男は少し離れた卓の上、形状別に等間隔できっちり並べていく。
「これで全部?」
「うん」
「ありがと。じゃあ、これは片付けておくから」
実父からカツアゲした薬物の数々をざっと眺めて一つひとつ中身を改めるピンク髪の少女の後ろで、いい歳をした男達は手を合わせて拝んでいる。彼らが異口同音、唱える言葉は。
「ああ、命の危機は去った」
*****
ルピス・グルン伯爵夫人の手配で催された貧民移送隊の慰労会。招待制ではなく自由参加で、本人だけでも良し、家族やパートナーの同伴もお好きにどうぞ、という気軽な会だ。ゆえに傲然な連中は不参加で、第一部隊から参加しているのは寝食を共にして気心の知れた者ばかり。
「あの、赤獅子亭だったか。骨付き肉の煮込みはそんじょそこらのレストランに引けを取らないな」
「私は塩ダレも好みだ。館への移送中にも食せて、思わぬ役得だったな」
「塩ダレならヤキソバも旨いんだ。小麦粉を練って…」
食べ物の話で盛り上がる人々も居れば。
「いやあ、貴殿の上腕二頭筋と三頭筋の盛り上がりは実に見事」
「そちらの背筋も、衣服の上からでは判らなかったが、まるで羽が生えているようじゃないですか」
中には筋肉愛に目覚めた者も居て、互いに筋肉を褒め合い効果的な筋トレの情報を交換し合う、やけに熱量高めの一角が形成されている。
「あの、本当に良いんですか?紹介して貰って」
「勿論!実直で腕も立つ気の良い若者の恋を応援させてくれ。ただ、初めての贈り物だろう?指輪は止めておくんだ、重すぎてそれはそれは引かれるからな」
「!勉強になります!」
ごく短い期間ながらよっぽど気が合ったのか、庶民の若者の恋路を全力応援する者まで現れた。
そんな和やかな会に国防大臣マロウ伯爵や宰相補佐のデライト侯爵も一行の労をねぎらうためにわざわざ顔を出した、というのが建前であった。
修羅場を乗り越えすっかり打ち解けた皆が広間でわいわい賑やかに楽しむ声も遠く聞こえる別室では、マロウ伯爵以下、責任者たる男達が会場での挨拶を終え、雁首揃えて断罪の時を待っていた。
犬目当てに遊びに来た一家が通された部屋で各人は助命嘆願を目的に今回の計画の詳細を伝え。その後、ヘルギの送った脅迫状に触れると、いち早く反応したのは、この件にまったくの部外者である少女だった。
「あのね、父さん」
軽い方への勘違いなら万が一の深刻な事態も覚悟しなければならないが、より事態が重い方に勘違いしたんなら笑い話で済む。それに、ご遺体を人口密集地域に放置していれば遅かれ早かれ、何らかの病気が蔓延することに違いはない。それを未然に防げただけでなく、もしもに備えて大規模なシミュレーションができたなんて、いい事尽くめじゃないか。
そんなようなことを穏やかな声色で淡々と語りかけて凶器を残らず没収した後、続けざまに、父の隣に座らせた従兄に向き直った。
「カザンさんも。幾ら身内とはいえ、患者さんの情報を簡単に他人に渡しちゃダメじゃないですか」
「それは…、はい。弁明の余地もございません」
王国の医学の始祖とも言える大家の正統な跡取りも、叱られた犬みたいにシュンと俯き、頭を下げる。歳こそ若いが誰もが認める優秀な医師の姿に目を細め、困惑の表情を浮かべたのは実弟フルンだ。
「まあでも。父さんは記録を見て診断内容の見落としに気付いてすぐにダル義兄さまに報せてくれたから有効な手が早めに打てたんだし、カザンさんも父さんを信じて治療方針を変更してくれたんですね、ありがとうございます」
ぺこんと頭を下げる従妹と、褒められてにこにこ顔の叔父と満更でもない実兄を見て、ますますフルンは目を細めた。
そんな一同を余所に、室内の一角では見るからに凶暴そうな顔つきの犬がドデンと腹を出して寝転がり、ぐねぐねと身を捩って尻尾をぶんぶん振っている。
「よーし、よしよし。いい子いい子」
「キャワン!」
赤髪の美女に撫でられ、でれでれ甘える姿からは、攻撃性が高く時には人をも襲い咬殺する狂犬の面影は何処にもない。犬好き動物好きなスヴァーヴァ曰く、この犬は賢いのできちんと環境を整えてやり、愛情込めて飼育すれば飼い主に従順で大人しくなる、らしい。
「犬は飼い主に似るとはよく言うけど、本当に、ダダールそっくりだな。見ろこの鍛え上げられた筋肉を!ムッキムキだぞー!」
「スヴァさん」
「キャン!?」
自身の体よりも大きな犬を膝の間に座らせ、脇下に両手を入れ後ろから抱っこしてダダールの声真似をする。妻の嬉しそうな姿には喜びつつも甘えっぱなしの犬にちょっとだけムッとしながらヘルギが近づけば、犬はビョンっと飛び上がって部屋の隅に駆け出し、尻尾を足の間に入れて震え出した。
「逃げたな」
「ダメだったかあ」
「あれは…?」
「父さん、動物全般、苦手なんです」
奇怪な光景に思わず尋ねたナウルへの返答は少しだけぼかしたが、正確に言うなら「動物全般が、ヘルギを苦手としている」だ。黙っていても全身から滲み出る狂気を本能で感じ取るのか、見事なまでに動物に逃げられる。
「スヴァさんは犬を飼いたいって、昔からずっと言ってんだけど、母さんがな」
「お養母様が反対したの?珍しい」
仕えてきた主というよりも、推しだからという理由だろうけれど、よっぽどでなければスヴァーヴァの希望を通そうとするのがマリー夫人である。
「多頭飼いに向かない駄犬がもう居るから、ってさ」
「ああ……」
どうやら意味を正しく理解したらしいナウルは、フルンと同じように目を細め、遠くを見つめだした。
「そうだ。室長、王都で、鳥の大群が何処かに飛来したりなんか、してないですよね…?」




