ダルドワーズ28歳、夏。~きょうだいの絆~
「お、お姉様、ですか…」
隠そうにも隠せない狼狽を全身で示しつつ、若き軍人は「姉」というのを口の中でモゴモゴ反芻して、飲み込みきれず、首を傾げた。
「妹さんではなくて?」
「妹は別に居る」
「あ、そう…、でしたね」
若く見えるが相手はお前の親世代かその上だぞ、と言いたいのを堪える。そんな若者の様子に笑いを噛み殺している姉の姿を視界の隅に捉え、どうやら怒りは沈静化したようだ、と、小さく息を吐いた。
「で。大臣の遣いが何だって?」
跪いていたカリソンもいつの間にか立ち上がり、何事もなかったように、しれっと先を促した。そうそう、この図太さ。第三部隊で居心地良く定年まで勤め上げるには、これが必要だ。
「はッ!面会要請であります!」
「そうか。承った、と伝言を」
「かしこまりました!」
普段通りのカリソンの声に少しは落ち着いたか、若き軍人は硬い声でビシッと敬礼をし、部屋を出ていく。ピンと伸びた背筋と、やけにキリリと引き締まった表情から察するに、美人の前で格好をつけたかったと見える。
「国防大臣…というと、ダクスに刺繍を教えてくれた夫人の?」
「そう、夫」
「そうか。一度ちゃんとお礼しないととは思ってたんだが、家に招くか」
「あ〜……」
母親の実家であるウリクセス家は、母曰く「田舎の大所帯」で、父や兄達が知らせもなく仕事仲間なんかを連れて来るのもしばしばだったらしい。そんな訳で、突然だろうが大人数だろうが貴人だろうが、来客には慣れている。だからまあ、持て成し自体は問題ない。
しかしながら王国の礼儀に照らせば、新興男爵家が由緒正しき伯爵家の当主夫妻を呼びつけるのは、非常に外聞が宜しくない。招くならせめて歴史が浅くとも伯爵位は欲しいところだ。
「そうだ。ダダールさん家、犬を飼い始めたんだ。デカい闘犬」
それは、いつぞやの夜会で第一部隊長にけしかけられた犬だ。プライドの高い侯爵殿の事だから、恥をかかされたと言って捨てるか殺すか、何らかの形で処分するだろう。きちんと管理できる相手に譲られるのならまだしも、もしも市井に放たれれば人を襲うなどの事件が起こる。それは、犬にとっても人にとっても不幸だ。そう言って、下級使用人に密かに引き取りを申し出たらしい。
常人の手には負えない狂暴な犬だ、始末しろと言われても大怪我はしたくないし幾ばくかの金になるのならと、使用人の方は乗らない手はない。ダダールさんの方も相場よりもずっと格安で軍用犬向きの犬が手に入る。双方良しの円満取引だったそうだ。
「犬?!しかもデカいのが!」
案の定、動物好きなスヴァさんはがっちり食いついた。
「そう、筋肉ムキムキな超大型犬」
「ええー、良いなー!!」
「それじゃあ、ダダールさんが戻って来たら、ダダールさんの家に大臣らも招待して貰って、犬と遊ばせてくれるよう頼んでおく」
「よろしくな!うわー、犬と遊ぶなんて久しぶりだ!」
目を輝かせて体いっぱい喜びはしゃいで。これでもう危険は去っただろう。スヴァさんは基本的に怒りを溜め込まない、カラッとした性格だ。
「ダル。段々とお前さんが猛獣使いに見えてきた」
きゃっきゃと子供みたいに大袈裟に喜ぶスヴァさんの後ろで、カリソンがぽつりと呟いた。
「…言うな」
「…なんか、悪いな」
「良いって、兄弟」
「ありがとよ、兄弟」




