マドレーヌ14歳、夏。~ラプンツェル〜
深い森の中の高い塔に閉じ込められたラプンツェル。塔には入口や階段はなく、窓も一番上に1つあるだけ。
「ラプンツェル、ラプンツェル、おまえの髪を下ろしておくれ!」
ラプンツェルを閉じ込めた魔法使いのおばあさんは、そう言って金色の長い髪を窓から垂らさせて、それをはしご代わりに塔に出入りしていた。
塔の中と窓から見えるだけの小さな世界しか知らないラプンツェルは、歌を歌う。それはどんな歌だったのだろうか。自由を望む歌か。愛を乞う歌か。いずれにしても、その歌は王子を呼び寄せ、2人は秘かに愛しあう。
魔法使いの怒りに触れて塔を追われ、晴れて自由になったラプンツェルは、果たして、幸福だったのだろうか。
***
「なにか珍しいものでもあったか?」
窓の外を漫然と眺めるマドレーヌの背中に、スヴァーヴァが声を掛ける。才気煥発というのか貧乏性というのか、常に何かと忙しくしがちな娘がぼんやりしているのは珍しい。けれど、現在置かれている状況では致し方ない。
「入口も階段もない塔の作り方と、どうやってその上階に人を運んだのか、考えてた」
「うん?」
「娯楽本にあったの。お姫様が高い塔に閉じ込められる話」
「それなら一番楽なのは、お姫様を運び入れてから階段を破壊して入口を塞ぐ方法だろうな」
「だよね。内部に階段の痕跡があれば、それを手掛かりに降りられるかなって、思ったんだけど」
「そこまで降りたとして、問題は、入口をどうやってこじ開けるか、だ」
「母さんならどうする?」
「窓」
赤と紫の瞳が見つめるのは、上下に上げ下ろす窓と外側に開いた厚い木の雨戸の間で存在感を放つ、白く塗られた鉄製の装飾柵。本来ならば片手で楽に上げられるそれは、揺すっても叩いても、びくりとも動かない。
「お姫様を閉じ込めた人間も、ここまでは警備を厳重にしないだろうよ」
妻と娘を愛してやまないヘルギが、愛する者を外敵から守るために考案した鉄柵は今、下まですっかり降ろされ根元には接着剤が流し込まれてしっかり固定され、彼の愛する者の逃亡を防いでいる。
「今回は、いつまで続くかなぁ?」
「あまり長くならないといいんだけどな。軟禁生活も、いい加減、飽きてきた」
*****
「母さーん。父さんの発作がまた出た〜」
昨夜は母娘揃って風呂でのぼせてしまい、両親の寝室に運ばれた。そこで、日課の早朝鍛錬に出る前に、どちらかの自室へ戻って着替えようとしたのだが。
扉がまったく開かない。押しても引いてもうんともすんとも言わない。そもそもドアノブが外されていて、白と白に近いライトグレーで統一された部屋に母娘はすっかり閉じ込められていた。
「あー…、このところ感情の乱高下が烈しかったものな」
むっくり起きた母に報告すれば、傍に夫が居ないのを確認し、ポリポリ頭を掻いて苦笑した。
夢みたいな盛大な結婚式の後に娘の一大事が起こり、ヘルギの精神状態はガタガタ。元より機会があれば妻と娘を閉じ込めたがる危険人物だったが、ここに来て箍が外れたようだ。前回は娘が王都に引っ越すとなった時だったか。思い返さずとも、ことあるごとに頻繁に軟禁されているマドレーヌである。扉が開かない時点で、窓も開かないように細工がされているだろうことは、容易に想像がついた。
「おはよう。ぼくの女神と天使」
カチャリと音がして、監禁犯が何食わぬ顔で入室する。彼の押すワゴンを見れば、水差し、湯気の立つポット、盥、歯ブラシ、たくさんのタオル。薬草茶の茶葉も複数あれば焼き菓子も器にたっぷり盛られていて、部屋の外に出ずとも済むように、快適な環境を整えようとしているのが解った。
「おはよう父さん。今回は、どこまで出て良いの?」
「うん?ここだけ」
「トイレとお風呂は?」
「連れてってあげる♡」
「「…………」」
太陽にも喩えられる輝かしい金色の髪よりもさらに輝く美しい笑顔に、母娘は絶句する。ヘルギは無理矢理拘束したり薬物を盛って身体の自由を奪うような真似はしない。が、それはあくまで妻と娘に限ればの話だ。双子や新しく出来た妹、甥っ子、邸で働く使用人、村人一同の安全は、まったくの保証対象外である。それに、無理に部屋を出れば、それこそ高い塔だの地下室だの、もっと脱出の難しい軟禁場所を構築しかねない。ある程度気の済むまで好き勝手させた方が、後々を考えればまだマシというもの。
そんな訳で、親子3人、軟禁生活が始まった。




