マドレーヌ14歳、夏。~いばら姫〜
13番目の魔法使いの呪いで、お姫様はつむに指を刺して眠ってしまいます。この眠りは城中に伝染し、王様もお妃様も、家来も、家畜も、窓の鳩も、壁のハエも、厨房の火も、みんなみんな寝てしまいました。
そうして、とげのある植物がお城をぐるりと取り囲み、とうとう、何も見えなくなりました。
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「今回はやけに手が込んでるな」
「気合い充分って感じだよね」
通路に組まれた天井まで届く阻塞に、母と娘は間延びした声で場違いな感嘆を述べる。
玄関ポーチや裏口に通じる廊下は一見すると雑然と積まれた椅子や木箱や何やかんやでしっかり塞がれているのだが、ここを通ってヘルギは食事やおやつや湯や着替えや諸々を持ってくるのだから、どこかに容易に開く仕掛けがあるのだろう。隙間から向こう側を覗けば、尖ったナニカが幾つも張り出しているのがわかる。ただの脅しか、それとも危険な薬剤が塗布されているのか、はたまた…。
才能の無駄遣い、ここに極まれり。
***
「さあ、ぼくの女神と天使。今日のお風呂は何の香りにする?」
さすがに部屋に閉じ籠ってばかりでは体に悪いと説得し、部屋の外には出て良いことになった。が、いざ出てみれば必要最低限の場所にしか行けない仕様になっており、それでも窮屈な毎日に少しでも華を添えようというのか、ヘルギは入浴剤を始めとする美容グッズの開発に一層熱を入れて取り組んでいる。逆に言えば解放する気は毛頭ないという証だけれど、まだ軟禁は始まったばかり。これから粘り強い交渉で自由を勝ち取るのだ。
なお、軟禁生活は既に10日が経過している。王子様なんぞが助けに来る気配はない。寧ろ、王子様然とした超美麗な男こそが、この状況を作り出した張本人である。
「あ」
不意に、スヴァーヴァが小さな声を上げた。そうして、夫と娘に視線を向ける。
「マディの、湯上がりにスースーするやつがいい」
「それならお気に入り箱に仕舞ってるよ。コメルシー家の部屋の机の、天板を開けた中に入ってる」
養母と実父が選んだであろう自室の机は、アカンサスに似た彫刻と猫脚がエレガントな収納棚で、天板を倒せば机にもなる、いわゆるライティングビューローだ。天板を開ければ収まっている、真っ白な本体に似つかわしくない質素な木製の蓋付きの箱が“お気に入り箱”で、押し花の栞や変わった色の石、角が取れて丸くなったガラス、何かの動物の牙、香木の欠片など皆からこれまでに貰った細々とした贈り物やその時々のハマッている自作品を保管してある。
「わかった。じゃあ持ってくるね」
「あ!」
次に小さく叫んだのは、マドレーヌだ。野生動物と揶揄されたこともある鋭敏な耳が拾った微かな物音に驚くと同時に、娘は母の意図を察した。
「えっとね、ついでだから…、そう!お守り!父さんと母さんが作ってくれたアレと、紙とペンも、持ってきて欲しいな」
「いいよ。いつものところだよね」
「うん」
爽やかな笑顔で部屋を出ていくヘルギの足音が聴こえなくなるのを、扉に耳をべったり付けて注意深く確認し、頷き合い。母娘は窓際に駆け寄った。
「もう行ったぞ」
「ああ、良かった。2人とも無事だね」
スヴァーヴァの小声の呼び掛けに応じて姿を見せたのは、軟禁犯と殆ど同じ色味を持つ、けれど性格は全く異なる青年だ。2階にある子供部屋と違い、夫婦の寝室は1階にある。そこで、フルンとロクマが交代でバリケードの内側の様子を覗って大まかな生活パターンを把握し、隙を見て接触しに来たらしい。
「外の様子は?」
「ヘルギさんを刺激しないよう、人の出入りが制限されてる。だから商隊に混じってロクマが王都に」
「そうか」
「双子は慣れてるみたいでいつも通り。ダコワーズは戸惑っていたから宥めて来たよ」
「ありがとうございます、フルンお兄ちゃん」
「他に、ぼくに何か出来ることはある?」
「いえ。わたし達の安全は保証されていますから、どうぞ無茶はしないでください」
「フルン、そろそろ時間がないぞ。今のうちに行け」
「わかった。それじゃあまた」
家人は勿論、この短い期間ですっかりヘルギの性格を知ったフルンとロクマもあのバリケードに何らかの毒が仕込まれていると確信しており、万が一を考えてフルンは近くに住む元侍医を呼びに行こうとしたらしい。それを村人一同に阻止され、次の荷運びの日まで待ってロクマが村を出て王都のコメルシー家に現状報告に出て、今に至る。
「念のため、部屋の外に出ておくか」
「そうだね。逃げる時間を少しでも稼がないと」
そんなわけで母娘揃ってバリケードを眺めながら待っているが、何故だか一向に戻って来ない。余りにも暇すぎて、何処に手を置いて足を置けば最短で天井まで到達できるか考え出す始末。近いうちにクライミング・ウォールを何処かに設置しようと心に決める。
「あ。来たな」
ガタンガタン、ゴトゴト。ガタガタ、ゴトン。慎重な物音を立ててバリケードの一部が外れてヘルギが姿を見せた。ついでにバリケードが二重構造になっていることも、察知した。
「ごめんね2人とも。待たせちゃった」
「おかえり父さん。どうしたの?」
「マディのお守りが無くって」
ほら、と見せられたのは、木箱と紙の束とペンとインク壺。
「あれ、籠の中に無かった?どこにやったっけ」
「マディが大切なお守りをあちこちに置くわけがないでしょう?だから聞いたらね」
「ちょ、ちょっと待って!」
口元は笑顔のまま菫色の瞳が大きく見開かれ、ピリついた空気が肌を刺す。
「そうだ!きっと、貸したの!うっかりしてた!!うん、そうよ間違いない」
滲み出る狂気と吹き荒れる怒り。それは錯覚に違いないけれど、ヘルギを中心に渦巻く赤黒い嵐が視えるほど強く、なんとか被害を出さずに収めたい一心で声を張る。両手もぶんぶん振る。勢い余って蹴っ躓き、真正面から抱きつく格好になったが、細かいことは言っていられない。今は人的被害を出さないことが第一だ。
「そう。なら、いいや」
「うん!これだけあれば充分だから!」
「じゃあ、お茶にしようか」
「わたしが淹れるね」
木箱やら紙の束やらを両腕に抱えて部屋に戻ろうとするマドレーヌの背中を愛おしそうに見つめ、ヘルギはスヴァーヴァの腰に腕を回して抱き寄せる。
「ぼくの、ぼくたちのマディはほんとうに心優しき天使だね」
「そう、だな」
言葉の奥に見え隠れどころか、とめどなく溢れ出るは、愛情の名を借りた、呼吸の出来ないくらいべったりと貼り付く執着心。
「ぼくたちの、マディのためだけの贈り物を勝手に貸しちゃう双子も」
妻を抱く腕に力が籠もる。危険を察して助けに入ろうとする娘に、来るな、と母は目で訴えた。
「ぼくから女神と天使を奪おうとする人間も」
少しずつ低くなる声。それに呼応するように、室温も下がったような心地がする。
「みんな皆、居なくなっちゃえばいいのに」
「「―――――ッ?!!!!」」
2人の、声なき悲鳴が重なった。




