ポルックス・テュンダ24歳、夏。~東国からの訪問者〜
「刺繍がびっしり施された詰め襟の長衣?」
軍人御用達の赤獅子亭で、希望者を募って開催された「病人移送の決起集会」という名目の飲み会には珍しいことに第一部隊員も数名混じり、王国流ではない料理に舌鼓を打ちながら他部隊と親交を深めている。
ポルックスも酔いに任せてダルドワーズにしつこく盤上軍師の勝負をねだるカストルを宥めつつ、料理を味わうごとに楽しい記憶の蘇るのを止められず。まさに宴もたけなわ、といった頃合いにポルックスに話し掛けて来たのは、少しだけ顔見知りになった第三部隊の軍人だった。
第三部隊員全員から厚く信頼されるダルドワーズの義妹で本人も可愛がられているマドレーヌの、仮とはいえ元婚約者で、それも解消して異国の姫君と婚約中のポルックスは恐る恐る出席。が、内心の不機嫌さはともかく表面上は平静なダルドワーズから「マディの虫除け」と改めて紹介された事で、一同は納得の表情と共に気を許してくれた。
なんでも、ナウルの下で働き始めた辺りから「妹君と是非ともご縁を願う」旨の手紙をダルドワーズに送って寄越す命知らずが雨上がりの雑草の如く後から後から涌いて来たらしい。
「お陰で王宮内で大火事を起こさず済んだ」
と、嘘偽りない本心で言われては、曖昧に微笑むしかない。誰が何を燃やしたのか、およそ想像がつくのだから、訊ねるのは憚られた。
ともかく、和気藹々な会である。そうでなければ第三部隊に所属する平民の若手軍人が、近衛隊で辺境伯家のポルックスに話し掛けて来ることなど、なかっただろう。
「俺の恋人、王宮で下働きのメイドやってんすよ。この前、ほら、大尉の妹さんの元雇い主が珍しい服着た男と会ってたのを遠目で見掛けたらしくて」
要は、恋人がその異国人を褒めたらしく、ヤキモチが妙な方向に突っ走って、似たような服が手に入るものかどうか、という相談だった。彼女の語る風貌から東の砦で偶に殺り合う連中と当たりを付け、王国の東方の国境で最も大きな領地を預かるテュンダ辺境伯家のポルックスに声を掛けたという訳だ。
確かに、ゆったりとしたボトムに長い上着は東国の民の伝統衣装。王国同様、公的な場で着用する衣装はその身分を表し、刺繍が精緻であればあるほど、その面積が広いほど、地位が高いことを示す。最上位にもなれば金銀の箔や宝石を縫い付けることも多い。
「うっわ、マジすか…。逆立ち3回転跳躍したって絶対に手が出ない……」
「なにそれ見たい。…じゃなくて。王国にない珍しい衣装だったから目を引いただけだと思うけれど。その男、髭はあった?」
「髭?ああ、そういやそうっすね。うん、何も言ってないんで、なかったんだと思うっす。あ!ヤバっ!てことは未婚じゃん!!」
逆立ち3回転跳躍の語呂の良さにうっかり心惹かれてしまったが、問題はそこではない。彼の言うように、東の民は妻帯すると髭を伸ばす風習がある。しかも身分が上の人間ほど顔の半分がすっかり覆われるくらい豊かな髭を蓄えるので、顔を見れば立場が一目瞭然なのだ。
これには理由もあって、東の国々では妻を娶って漸く一人前の男と見做される。髭のないつるりとした顔は半人前だし、伸ばし始めたくらいではまだまだヒヨコ。口元が隠れるくらい生え揃ってやっとニワトリの仲間入りを果たす。そうした風習の中で、ニワトリが鶏冠の大きさで上下関係を判断するように、髭でもって身分を測るようになったのだ。だから髭のない男は何歳になっても格下に見られるのだが、例外が一つ。
「上等な衣服に髭なしの男なら、神官だろう。妻帯は認められていないけれど皆に崇められる、唯一の身分だから」
「あー、神官っすか!それが好みなら俺、勝てる気がしない!!!」
「お前なあ、男は顔でも身分でもねえぞ!心だ!」
「あとはちょっとの愛嬌もだな!」
愛する女性を想って1人で嘆くのではなく、先輩隊員たちに肩をがっちり組まれ酒のグラスを渡される彼なら、肝心な場面で迷う事などなさそうだ。願わくば、穏やかな愛を育んで欲しい。私人としては、そう、心から祈った。けれど軍人としては。
―ナウルが、東国の神官と?まさか、サンクロワと通じているのは…。




