フルン26歳、夏。~バンタル〜
「少し、休憩しようか」
「あ。すみません、ボーッとしちゃってました、よね」
バンタル・グルンが去ってから、マドレーヌの様子がおかしくなった。
早朝に起きて鍛錬と薬草園で収穫や手入れをし、朝食の後は家業の肉屋に顔を出して在庫などを確認。その後は家庭学習と新商品の開発をし、夕方に集会所でカミシバイを読んで。そんな忙しい日々のふとした瞬間、例えばお茶の時間だったり薬草を洗っている最中だったり、そうした合間合間に小さい溜息を吐くのだ。憂いを宿した瞳は此処ではない何処かを見ていて、いつもの生命力と自愛に満ちた温もりが消える。それはまるで。
恋する乙女。
「悩みごとがあるなら、相談にのるよ」
茜色の夕景の中で何があったか、きみが何で悩んでいるか、集会所まで迎えに出ようとしたぼくは全部知っているんだから。
「フルンお兄ちゃん、」
これだから子供は嫌いだ。
怖がらせないように、怯えさせないように。じっくりゆっくり恋を覚えさせる計画が、まったくの無駄になってしまった。
「いえ、大丈夫です…」
言いかけてやめる、この繰り返し。どこに葛藤する理由があるというんだ。バンタルは子供で、そりゃあ少しは剣の腕も立つだろうけれど、きみを守るには到底及ばない。愛どころか感謝の言葉すら、掛けられたこともないでしょう?
それなのに、たった一言で、全てがひっくり返ってしまった。
「そう。ぼくで良ければ、いつでもおいで」
ああ、これだから子供は嫌いだ。
同じ年頃に生まれたという、ただそれだけで、愛し愛される権利があると錯覚している。そして現に、きみは悩んで、あいつの事ばかり考えて。ぼくはただ、それを見守るしか出来ない。
―娘に手を出すな。
村でも王都でも、同じ屋根の下、共に居るならばそれが条件だと、とうの昔に男爵から釘を刺されている。娘を持つ親なら当然の忠告で、先だって夫妻が王都に出立する前夜にも、同じ言葉を告げられた。だから「頼れるお兄ちゃん」「尊敬に値する先生」「品行方正な好青年」を必死で演じて貫いて来たというのに。今はそれが枷になって、身動きが取れないでいる。
ただ、彼らにとっても、ぼくにとっても、誤算が一つ。
「向こうの屋敷には、ぼく達しか居ないんだから」
思い悩む姿を実両親に隠したいのか、マドレーヌは養両親も義兄も居ないコメルシー家側の部屋で寝起きしている。ぼくの部屋もある方の、家で。
―わたくしは、節度のある振る舞いを、望むだけですわ。
マリー夫人の声が、広い空の彼方から聴こえた気がした。




