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ナウル・デライト26歳、夏。~或る夜会~

「あれが例の、コメルシー卿、か。噂通り、恐ろしい形相をしている」


「ああ。隣が第三部隊長のグルン伯爵だな。まるで筋肉の塊だ。あれで襲い掛かられればひとたまりも無いぞ、恐ろしい」


 体調の落ち着いた妻を連れて夜会に出ると、ダダール・グルンもまた参会していた。彼は長雨の影響で到着が遅れているルピス夫人の代わりに部下のダルドワーズ・コメルシー男爵子息を帯同しており、華やかな夜会に其処だけ戦場のような別世界の雰囲気が漂っている。


「随分と不機嫌そうですけれど、如何(どう)なさったのかしら?」


「いや。あれが本来の彼らしい」


 男女とも長身で肉付きの良いのが魅力とされる王国にあっても一際目立つ巨体2人が並んでいるのもあるが、何よりもダルドワーズの、ダダールに言わせれば彼の標準の、不機嫌そうな真顔が周囲を威圧している。

 貧民街での炊き出し支援でそれまでの“人語を話す野猿の群れ”から“信仰心を持ち合わせた人間”くらいに再認識されはじめ、更に王宮内部の関係者から漏れ出た誇り高き言動が知れ渡ると、縁を繋いでおこうと考える者も多く出てきた。しかし、いざ顔繋ぎをと望む者も、2人の発する唯ならぬ雰囲気に圧されて近づけないでいる。


「侯爵」


 そうした中で、家格こそ上だが年若く代替わりしたばかりのデライト侯爵には向こうから歩み寄り挨拶をしてくる。それも、招待客の中で真っ先に。これによりデライト家とグルン家、ひいては宰相補佐と第三部隊の親しさを知らしめたわけだ。社交が苦手なダダールを導く妻に代わり誘導役を担ったダルドワーズの手腕だろう。そもそも、ルピス・グルン伯爵夫人の教育係はダルドワーズの母親だ。


「ミケーネ国との親睦交流会以来か。息災で何よりだ」


「グルン伯爵も」


 握手しようと差し出す大きな手に、ダルドワーズはさりげなく酒のグラスを握らせ、乾杯に変える。夜会では無骨な振る舞いが厭われるのもあるが、あのゴツゴツと節張った手で隆々たる筋肉を誇る大男に力を込めて握られれば、底にあるのが親愛だろうと、相当に痛そうだから助かった。


「ダルドワーズとも、あれ以来か」


 第一部隊長が宰相を抱き込んで脅しに掛かった事実は、対外的には()()()()()になっている。あの面会はそもそも存在せず、ナウルも国防大臣マロウ伯爵も、無論宰相補佐も第一部隊長も、ダダールやダルドワーズとは会っていない。それが公の見解だ。


「ああ。娯楽本の寄贈には感謝をしている。妹が喜んだ」


 娯楽本を送って欲しいと、細かすぎる要望付きでフルンから手紙が届いたのはいつだったか。要するに自身と似た人物が登場する恋物語を読ませて想い人に意識させたいという、今どき幼児でもやらない純情な策を思いついたらしいが、その文面は「あれ?もしかして口説かれてる??」と錯覚するくらい情熱的だった。時を戻せるならば、およそ10年にわたり一方的に敵視していた過去の自分に教えたい。あいつはそんなに完璧な人間ではないと。


「気に入った作品があったようで何よりだ」


「作品というか、表現や誤字の傾向から著作者の生育環境を推理する遊びをしている。2人で」


「は?」


「“e”の脱落しやすい作家は古代にその地方で話されていたとされる語との類似点から推測するに南方の島国にルーツを持つのではないか。雨の表現が多彩な作家の出身地は雨の多い地域かそれとも少雨の地域か。というものだな」


 娯楽本と聞いて鼻先で笑った連中も、続く言葉に絶句する。あの少女は相変わらずといえば相変わらずだが、そもそも我が友フルンよ、お前は当初の目的を忘れていないか?恋の指南書を語学研究対象に変えてどうする。まあ、恐らくは楽しそうな笑顔に押し切られたのだろうな。それに我々としては王都に近づけさせないのなら、色恋でも研究でも同じではある。


「それは研究であって決して遊びではないが」


 時を戻せるならば、過去の自分に教えたい。お前が嫉妬心を抱いている男には、輪をかけて人間離れした従妹が居るのだと。嫉妬するのも馬鹿らしいくらい才気溢れる、それでいて気取ったところのない、天然物の人誑しが。


「デライト侯爵、此方に居られたか」


 遠巻きに此方の様子を窺う人の壁を割って。白髪混じりの男は、骨太の体に戦場を離れてなお失われぬ威厳と大らかに笑む妻を連れてやって来た。彼はこの夜会の主催者で、ダダールやダルドワーズが参会せざるを得ない、数少ない相手。




 王国軍元帥、アント伯爵。




「ダダール殿もダルドワーズ君も、相も変わらず良い体をしておる!どうだ、近く共に鍛錬などッ?!」


 王国軍元帥はそこで突然言葉を切り、咳払いを一つ、二つ。権威ある立場に相応しい威厳に満ちた挨拶に言い直す。だが、それを真正面で受けたナウル達はしっかり目撃していた。力強い発声で高らかに言い放つアント伯爵の腕にそっと手を添えている筈のクーク夫人の指先が、同じくらい強めな力を込めて夫の腕の肉を捻り上げているのを。


「何故だか妙に親近感が湧いて来たぞ」


 ぼそりと呟いたダダールに、彼の部下はそぉっと目を逸らした。


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