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ダルドワーズ28歳、夏。~違和感〜

「オレンジ色の卵?」


 キャンディ・ジャーに飴玉を補充しながら、ダルドワーズは思わず聞き返す。


「雨が上がったから(どぶ)浚いしてたんだよ。そしたらな?」

「奥庭で見つけたのと同じ、あの気持ちわりいのがたんまり溜まっててよ」

「ああ。泥の中にオレンジ色の粒がみっしり。もうね、油掛けて焼却したわ」


 溝浚いは本来ならば王国軍人の職務ではない。けれど、かつて軍の上層部に命じられた為に第三部隊の仕事の一つになっている。初めは屈辱であったが、今から10年ほど前にまだ赤髪だったちまっこい天使がきらきらした眼で「ダルにぃたちは、みんなをびょうきからもまもってるんだね!すごーい」と褒めちぎるものだから、たちまち誇り高き仕事の上位に配された。確かに、汚泥が溜まったまま放置すれば悪臭の原因になるし虫もうじゃうじゃ湧いてくる。腐る前にさっさと処分するに越したことはない。


「妙だな」


 王立学院、王立植物園、そして王都。卵が見つかったどの場所でも、見慣れない虫の目撃情報はない。それほどまでに膨大な量の卵を産み付けているのなら、親の方も群生してなくては、道理に合わない。一匹なら小さい虫でも、そこまで大量発生していて、ひと目に触れないなどあるものか。


「誰か、俺の机に触れたか?」


「あー、俺だ。正式な司令書だのを一番上の抽斗(ひきだし)に仕舞ってある」


 外見に似合わず整理整頓好きなダルドワーズは常に机の上も中もきっちり整えてあり、書類を紛失しがちなダダールはよく抽斗を借りている。「何もしてないのに何故か散らかる」と首を傾げる本人の机を整えるより手っ取り早く安全だからという理由で、ダルドワーズもそれを了承済みである。


「一番下は?」


「まさか!そんな命知らずが居るものか」


 ダルドワーズの机の一番下の抽斗、より正確に言えば、そこに仕舞ってあるものはお触り厳禁。それは新入隊員にも入隊直後に周知される重要事項だ。過去、度胸試しに悪戯しようとした者も居たが、手を掛けた瞬間に地面と濃厚なキスをする羽目になった。


「おい!誰かダルの机に触れたか?」


 部隊員一人ひとりを見遣って確認するカリソンの横で、ダルドワーズは抽斗からずしりと重い金属の箱を取り出した。鈍く光るそれにはダイヤル式の鍵が付けられており、更に鎖と外付けの鍵も掛ける厳重さ。


「異状はないな」


「あったらこの部屋は半壊以上だったな」


「それほど重要なものがあの中に?」


 何も知らない文官は想像する。あれほど厳重に管理されている箱だ、きっと中身は機密文書に違いない。国境を守る部隊だけに、もしかすると国の安全に関わる内容なのかもしれない。


「重要っちゃ、まあ、重要なんだが」


 対して、部隊員は皆、苦い笑いを浮かべてぽりぽり頭を掻く。それと呼応するようにカチャリと音がして、開いた箱の中身は。


「……紙、ですか?」


 覗き込み、文官は目をぱちぱち瞬かせた。そこには整然とぎっしりと、同じ形に複雑に折られた紙が収まっている。


「マディからの贈り物に必ず入れてある、鳥模型だ」


「祈りの鳥って、市井でも話題になったろ?あれ、元はこの鳥模型なんだよ」


「ああ!ありましたね」


 小鳥をモチーフにした品々が軍人を恋人や配偶者に持つ人々の間で大いに売れ始めたのは記憶に新しい。空を自由に飛ぶ鳥に「無事に帰って来て欲しい」という願いを込めて贈るのだとか、鳥がたくさん集まって愛しい人を家に帰してくれるのだとか、ロマンチックな寓話と共に今もなお人気が高く、それらを女性から貰うのが一種のステイタスにもなっている。


「段々と上達するの見てるとさ、こう、愛おしさが増すわけよ」


「俺のところなんて子供らが文字を習ったってんで裏にメッセージを書いてあってさ、一度開くと戻せないけど開かなきゃ読めない、ジレンマよ。まじ辛い」


「俺の彼女は手先が器用なんで、どれもピンと立ってます!」


「ウチは子供が小さいから鳥はまだ先だな〜。でも違う形のなら送られて来たぞ」


 次々と惚気が飛び出す、アットホームで明るい職場。第一部隊にはなかった朗らかさに心絆されつつ、精巧そうだけれどたかが子供の手遊びをこれほど厳重に管理するものか?という疑念は拭えない。それがありありと表情に出ていたのだろう、カリソンが飴玉一つ手にして文官の側にやって来る。


「ダルの、初陣の話は聞いたか?」


「はい。資料では、入隊一年目にして敵方小隊を制圧した功績で勲章を授かったと」


 入隊したばかりの新兵は王都で訓練を積み、それから各地に派遣されるのが常である。それがダルドワーズの場合、上層部なのか当時の部隊長なのか、誰かの思惑で一年目にして辺境地に送られる事となった。そこまでは、まあ、異常とはいえ大きな問題はなかった。しかし。


「軍の規定で、一年目の新兵と役職者は優先的に休暇が取得できる。だからそん時も、あと数日でダルは帰れる予定だった」


「………」


 嫌な予感しかしない文官は、黙り込む。

 王立学院を卒業後、貴族家のみ入学が許される指揮官養成所である軍学校には進まず、試験を受けてそのまま王国軍に入団。一年目ならばまだ10代半ばの少年だ。


「ああ、あの時の話か!懐かしいな」


「約束を破れば妹に泣かれ姉貴に半殺しにされた挙げ句兄貴に殺される、だったな」


 先輩隊員の思い出話はあくまで明るく、過ぎ去りし日々の微笑ましい記憶をなぞるが、傍から聞けばぶっ飛んだものだった。


 集団訓練もそこそこに辺境地へ送られたダルドワーズは、そこで当時まだ一般兵だったダダールやカリソンと出会い、なんだかんだで意気投合。幼少期より厳しくも愛情のこもった鍛錬と実践教育を受けてきた甲斐もあって、経験豊富な年上隊員ばかりの中でも、それなりに上手くやっていた。

 が。

 冬至祭を迎える一月ほど前。小競り合いを続けていた相手方に、動きがあった。大きな祭典を前にこちらの気が緩むのを狙ったか、小隊を組んで密かに侵攻を始めたのだ。偵察部隊か、それとも?などと、当時の現場責任者が様子見をしているのに業を煮やして、というか、はっきり言えばキレた。生まれたてほにゃほにゃの妹と「初めての誕生日は一緒に過ごす」と約束しており、長引けば間に合わない。家族との約束は何より重要だ。命に関わる。ので、「潰してくる」と鬼気迫る形相で単騎向かったのをダダール以下、先輩たちが追い掛ける羽目になった。


「その妹ってのがマドレーヌちゃんで、かれこれ10年分の祈りの鳥を保管してるのが、あの箱だ」


「それはまた…」


 執念とか情念が籠もっていそうだと思いつつも、それを口にするほど愚かではない。ただまあ、少し会話したこともある彼の妹はすこぶる美人で性格も柔和で、歳も離れていれば過保護にもなるのだろう。

 無意識のうちに、貰った飴を口に放る。甘い甘い飴には仄かに爽快な風味があった。


「どうだ?」


「不思議な味わいがします」


「健康に良い飴だ。これから大事業が待っている、体を労われよ」


「ありがとうございます!」


 文官の肩をポンポンと軽く叩き笑顔を向けると、カリソンはその足でダルドワーズの元に向かう。そうして小声で告げるは。


「あいつは“シロ”だな」


 彼は第三部隊とコメルシー家の内情を探るために間諜として送り込まれたお試し文官ゴーダンの代わりに着任した専任文官だ。第一部隊からたびたび遣いに寄越されるうちにすっかり嫌気がさし、自ら志願して第三部隊にやって来た。という触れ込みを頭から信じるほど、皆、純真でも愚かでも若くもなかった。


「警戒心が高まっているこの状況下で、紐付きと知られている人間を寄越すほど人手には困ってなかろうよ」


「まあな」


 情報漏洩の罪で拘束されたゴーダンは、取り調べのため軍の留置施設に運ばれるはずが地下牢に繋がれ、そこで命を絶たれた。間諜のお決まりの末路を辿った訳だが、問題なのは軍上層部が抗議しなかった事。軍の施設から罪人が秘密裏に運び出されたのに、だ。


「まー、でも侵入者も飛んだ忍び損だな。最上級の機密かと思ったんだろうが、中身はアレだ」


「何にも替え難い」


「そーね、お前さんにはね」


 金槌で力いっぱいぶん殴っても壊れそうにない頑丈な金属の箱を方々手を尽くして買い求めた当時の、あの顔を思い出す。普段は年齢に似合わない厳つい顔を喜びいっぱいに充して、縒れた紙を大切そうに仕舞っていたあの頃の。犬コロみたいに無邪気にはしゃいで暴れていられた、あの頃の。


「邸の改装も終わって親父らも王都に出て来る。そのうちダダールさんも誘って飲むか」


「おお!それは素晴らしい思いつきだ!」


 カリソンに代わって、即座に返答したのはダダールだった。

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