フュルギエ50歳、夏。〜潔癖症〜
「留守の間、変わりはありませんでしたか?」
数日間の滞在で教会に報告する顛末書を書き上げ、王都に帰った。ダルドワーズ・コメルシーの愛馬は大きくて力も強く、五日は掛かる道のりも三日で到着する。馬車を曳いてこれならば、単騎独行すれば一昼夜で着くだろう。
太陽の恩恵か、王都は活気を取り戻して賑やかで、教会にも信仰心を新たにした者たちが訪れ祈りと寄付を捧げていく。
「はい。大司教様のお陰で世界は陽光に満ち、加護も祝福も、言葉が甦りました」
長雨は始まりの女神のお嘆きになったのが原因で、それを解決したのがフュルギエである、事にした。話し合いの結果はこうだ。
女神が嘆いたのは人々に忘れられた神の存在で、その旨、神託を受けたのがフュルギエである。お優しい女神は冥府の神々が死の神、闇の神と人々に忌み嫌われるのを嘆いていた。そこで北の地に冥府の神を祀る小さな神殿を築き、偶にフュルギエも詣でる約束をしたところ、翌日には太陽が昇った、という訳だ。これなら堂々と村に来られると、優しい兄が欲しかったスヴァーヴァの発案である。
「数日の後に荷が届きます。人々に安寧をもたらす、発明品ですよ」
出立の折、ナッツのお礼だと言って、義妹や姪からどっさりお土産を持たされた。それはマリア商会の荷馬車に乗せて運ばれる手筈になっている。手土産にお手製ナッツを選んだのはダルドワーズの進言で、神と人とを繋ぐ役割を依頼するのにこんな安い物で良いのかと戸惑ったが、「スヴァさんを喜ばすならヘルギさん関連が一番」と言って、事実その通りだった。異父弟が心底愛されていると知り、また彼も人を愛することを知り、ついでに神にまで異常に愛されていると知り。まあ、元より神がかった人間である。それが一つ要素が増えたくらいで、ずっと驚いては居られない。
「それと。早速ですが皆に、製作を依頼したいものがあります」
コメルシー村からの土産は、安眠をもたらす品ばかりでない。むしろ大きいのが、惜しみなく捧げられた深い知識だ。
「これは油紙といい、この木の実から搾った油を満遍なく塗ってあります」
ダルドワーズはマドレーヌに「例の、遠征に行く」「どうもタチの悪い風邪か何かに罹患した者がいる」とだけ告げた。もしも王都に疫病が流行するといえば、姪は義兄を案じて王都に着いて来るだろうと案じたためだ。すると姪は、とてとて歩いて何処かへ行き、木箱に何やら詰め込んで戻ってきた。それらは、軍人である義兄を思い遣る心が具現化したもの。
「それは、あの貧民街で第三部隊の彼らが屋根代わりにしていたものですね?」
「そうです。この紙には水を弾く性質があり、汚れもまた弾くのです」
「なんと尊い!」
妙に光沢のある濃い茶色の、油紙という紙は、元は傷口を保護するために開発したらしい。ガーゼに軟膏を塗って傷口に当て、その上に油紙を挟んでから包帯を巻くことで、軟膏が外に染み出したり傷に雨や泥が当たらない効果があるという。更には。
「これで、汚泥防止の前掛けを、作ります」
マドレーヌは風邪の看病用にと、油紙をチョキチョキ切って糸で縫い、忽ちのうちに一枚の前掛けを作り上げた。治療の際にはこの前掛けを身につけ、使用後は火で焼き捨てる。その前後には流水と石鹸でよく手を洗うのが鉄則だとも言って、紙に石鹸液を染み込ませた紙石鹸という品を大量に押し付けたのだった。
異父弟の娘は、彼に輪をかけた潔癖な性質だった。
ともあれ、疫病患者を運んだ人間が罹患して王都に病原を持ち帰っては意味がない。そこで、人手のある教会で油紙の前掛けを大量に製造して軍に納入し、考えつく限りの対策を講じて病人を王都から隔離する。事が大きくなってからでは遅いのだ。
「手遅れになる前に、為すべきことを」




