フルン26歳、夏。~王都からの贈り物〜
「せんせー、今日は姫さまのおはなしないの?」
長雨の間、外で遊ぶことも出来ず家で暴れている子供達を集会所で預かって、その時々に手の空いた者が読み書きや剣術、刺繍など、それぞれの得意分野を教えていた。それが子供達よりも親、特に1人で子育てをしている母親に好評で、雨の止んだ今も継続する事になった。
「姫様も忙しいの。わがままを言わないの」
姫様ことマドレーヌは、左右にゆらゆら揺れて言動が幼くなるという、世にも珍しい二日酔いを披露して皆を驚かせた後、叔父様と一緒に眠りに就いている。昨夜とは打って変わった、へにゃへにゃと愛らしい姿はいつまでも見ていたくなるけれど、仕方ない。
「今日は来られないけれど、明日にはまた、お話しをしてくれると思うよ」
親達も持ち回りで集会所にやって来て、ぐずる子の面倒をみたり、一緒にお昼寝をして、夕食前に帰っていく。“みんなで子育て”というコメルシーらしい仕組みが一つ増えて、ぼくも当然のようにその中に受け入れられた。
「そうだ。娯楽本…、お話しの本がたくさん届いたから、今度はみんながマドレーヌに読んであげようか」
「うん!」
今日、ナウルとラデュレから、多種多彩な娯楽本が届いた。恋愛ものもあれば冒険譚もあって選び放題だ。
「姫さまは、どんなおはなしが好きかなぁ?」
「そうだなぁ。カミシバイはいつも冒険物だから、恋の物語にしてみない?」
ほとんどのことが得意なマドレーヌは、ラデュレの息子にも与えたカミシバイという、絵をたくさん重ねた特殊な物語によって古典文学を教えている。臨場感ある語り口は迫力があると子供達に好評で、時には双子が物語の主役になりきってぶんぶん剣を振るったりぴょんぴょん跳ね回ったりしている。
娯楽の少ない田舎だし子供達も体を動かしたくなる物語が良いでしょう?と、題材はいつも冒険譚が選ばれる。だからと言い訳をつけてさりげなく誘導すれば、今日の見守り役の母親にクスリと笑われた。村人皆に勘づかれているという商会員の彼の言葉は、本当みたいだ。
「姫様に読んであげるなら、お姫様の出てくる物語はどう?」
「うん!強くてかっこいいお姫さまが悪い敵をバシッとやっつけるの!」
「う、ん…?……あるかしら?」
「難しいな。でも、これだけあれば、もしかして…?」
この子にとって“お姫様”は、見目麗しい護衛に囲まれるのではなく、自ら先に立って皆を守ってくれる強くてかっこ良い存在だった。確かにこの村の中だけで言えば間違いじゃない。ここの姫君は皆、一方的に守られる存在ではなく、その守護者に守られながら守りながら、共にある。
「それにしても。フルンさんのご友人は親切な方なんですね。位の高いお貴族様とは思えない…って、失礼ですけど」
彼らは王都で購入できる健全な娯楽本を全て買い集めたのだろうか、届いた娯楽本は荷馬車2台分あり、集会所の片隅と村の教会の一室も占領して存在感を放っている。公爵家や侯爵家にとっては端金だろうけれど、庶民にとっては生涯で稼ぐことのできる賃金より遥かに高額だ。それをポンと送って寄越し、一切の対価を求めない彼らは、確かに貴族らしくはないだろう。
けれど。
―村から出すな、王都には決して来てはならない。
添えられた手紙はどちらも当たり障りのない内容だけで、最後に此方を気遣う言葉で締め括られている。けれど、持って回った言い回しや言葉選びから、その奥に隠された意図に気づく。
ダルドワーズから、王都に疫病流行の種があると聞いている。ナウルがそれを知らない筈はない。娯楽本を送って欲しいと恥を忍んで手紙を出したのはぼくだけれど、このタイミングで贈られてきたのは恐らく。
「ほら。読んでやるから好きなの選べよ」
「うーん、いっぱいありすぎて選べないよぉ。バンタル兄ちゃん、どれがおすすめ?」
「俺にもさっぱりわからん」
ぎっしり本が詰まった棚の前に子供達が集まって、一冊一冊手に取ってはまた戻していく。
「これ、全部読み終わるまで何年もかかるぞ」
そう。これは恐らく、これまでに受けた借りを返したのであって、更に言えば、お人好しで仲間思いのマドレーヌが憂いなく村に居続けられるようにという願い。
「まずはそうだね、ここから順繰り読んでいこうか」




