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ナウル・デライト26歳、夏。~王都は晴れ渡り~

「では」


「確かに」


 互いの目の前で署名を交わした文書を受け取ると、マロウ伯爵は窓の外に顔を向けた。


「晴れたな」


「見事なまでに」


 久しぶりの太陽は目の眩むほど眩しく輝き、空はどこまでも青く澄んでいる。鳥も蝶も花も、今が盛りと決めたか力強い生命力を見せつけていて、人の心にもまた暖かみが宿ったようであった。


「これが我が国の者の功績だと喧伝できたなら、他国に対して、これ以上ない牽制となろう」


「大臣、それは」


「解っている。彼らがそれを望まぬ事もまた」


 ナウルに諌められたマロウ伯爵が視線を移した先は、先ほど署名を終えた紙の真横に積まれた書類。第三部隊長から提出された草案を基にした、王国軍が総力を挙げて行う一大プロジェクトである。



 ―我らは傭兵ではなく王国軍の軍人である。軍人は個ではなく全を持って事態に臨み、最大の成果を上げるが本性。



 貧民街が疫病の発生源となる可能性は第三部隊長ダダールから国防大臣マロウ伯爵に伝えられた。それと同時に軍が所有する施設に病人を移す計画を、概算ではあるが必要な資金や物資や日数などを纏めた資料と共に提出。更には秘密裏ながら教会の協力も取り付け済みと言われ、あまりの手際の良さに絶句しながらマロウ伯爵はそれを受け取った。


『貴殿らの名声は、この王都でも広まろう』


『それであるが。大臣から口添え頂けはしまいだろうか?この件、王国軍元帥閣下の働き掛けにより成った事業であるとしたい』


『誉れを望まぬか?』


 長年にわたる不当な扱いを、その働きに見合わぬ低い評価を、払拭する好機である。そう言外に伝えるマロウ伯爵に、ダダールは頭を振って答えた。それは、誉高き王国軍人に相応しい気高い思想であり、荒くれ者の集団と揶揄される第三部隊を治める男の深い度量であった。


「恐れながら。私めもその場に居りましたが、部隊長殿のお言葉に胸が詰まりました」


 思い出したか、目元に涙を溜めて言うのはマロウ伯爵の秘書官だ。彼か、或いはその場に居た別な人間か、褐色の巨躯で恐れられているダダールの言動は静かにされど確実に王宮内に広まっている。


『軍人が国に平和を齎すこと、民を守ること。私人としては愛する者をこの手で守ること。それ以上の誉れが、この世にあろうか』


 その言葉は文官として国に仕える者の心にも響いたようで、事実、伝え聞いただけのナウルも思わず目頭が熱くなった。そうして宰相補佐として助力できることはないかと西塔の最奥に足を運び。


『何としても!王都を疫病から守り切るぞ!』

『だな!一旦広まれば収束してもその後数年、下手すりゃあ10年は村に帰れなくなるからな!』


『皆様。そこ、せめて言葉の上だけでも、陛下のため国の為と仰るところでは?』


『まったくだ!それが一番困る!!』


『部隊長??まさか部隊長もですか??!』


『俺が最愛の妻ルピス無しで王宮とかいう伏魔殿を渡り歩けると思うかー?!』


『それ自信満々に言うことじゃないです!』


 分厚い扉の向こうから漏れ聞こえる声に、感動は瞬時に引っ込んだ。と同時に、安心もした。高潔で気高く勇壮な英雄などではなく、豪快に泣いて笑って時にはヘマもする、泥臭いくらいな方が彼ららしく、またその人間味こそが魅力なのだ。


「第二部隊や第四部隊とも合同で衛生面の知識の習得や活用、拡充を図る意見交換会を催しているのだが、そこに第一部隊からも希望者が出ていてな」


 高位貴族家の出身とはいえ部隊長以下、第一部隊員が揃いも揃って権威主義者ではない。中には彼らの功績を耳にして事の真贋を確認し、認識を改めた者、教えを請いたいと願う者もちらほら出てきた。それは第一部隊長の権威の失墜をも意味するが、自業自得というものだ。過去から現在に至るまでの王国軍内の分断は高いリスクを孕む。だから部隊長同士は生まれや家格を越えて互いに最低限度の敬意を払い、少なくとも公の場では表面上でも、そのように取り繕うべきだったのだ。それが高位貴族の在るべき姿、求められる姿であるように。

 しかしそれを怠った上に散々虐げてきたつもりの第三部隊に次々にしてやられ、挙句、ダダールからは上に立つ人間の矜持と誇り高き軍人の在るべき姿を見せられ。国守る情熱を持って入団した若者は何を思うか、推して知るべし。


「なるほど。講師は医務局員が?」


「いいや、それが」


 医務局から派遣された若者は如何にも嫌々な素振りで教えていたが、軍人達の容赦ない実践的な質問とそれらに澱みなく答える第三部隊員達に逃げ帰ったらしい。だろうな、とナウルは思う。なにしろあの部隊には、代々主席医務官と侍医局長を務めてきた医家の血統者の後ろ盾がある。


「しかしダルドワーズは不在だったのでは?」


「持ち回りで任地を転々とする部隊ゆえ誰かが無自覚にでも他地域の感染病を持ち込めばたちまち全滅する。それを防ぐために感染しない、させない、術を叩き込まれているらしい」


「まさに、此度の件は彼ら向きの案件であったと」


 ともあれ、愛する者を守りたいと願う心は皆同じ。



「そろそろ向こうに届く頃か。無事に意図が伝われば良いが…」





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