ダルドワーズ28歳、夏。~貧民街〜
濡れた石畳の道を隈なく歩き回り粗大ゴミを拾い集めて縄で括り、荷車や馬車の到着を待つ。今日は何処ぞの神様の機嫌がそこそこ良いのか、雨は小降りで生温い風が時折吹いていた。それに乗って届く酷い悪臭が、この地区で近いうちに災いが起きると伝える。
「教会の荷馬車を襲撃して食糧を奪う元気があるなら、働けるな?」
荒縄で適当にふんじばった男女から押収した鈍な獲物を目の前でぶらぶらさせ、じろり睨め付けながら罪状を告げれば、声も無く涙ながらに頷いた。失禁する者も居たが知らん。後始末は自分らでしろ。忙しいんだ、こっちは。
「ダル〜、今日もゴキゲンだな」
別ルートで廻っていたカリソンも合流し、これで貧民街の危険度はぐっと下がったことだろう。妹と姉貴分が懐いている人間に、擦り傷一つ負わせる訳にはいかない。
「ああ、対話による平和的な問題解決に合意を得たところだ」
「それにしちゃあ、お相手側は随分と痛々しい形に見えるけどな?」
「それは飽くまで話し合いの準備段階に起きたのだからノーカンだろう」
頭の中にお花畑が展開している連中は「お話し合い」で解決したがるが、どうして相手が自分達の御高説を聴きたがっている前提なのか。そんな気のない相手には金か力を見せつけなけりゃ、対話のテーブルになど着かないだろうに。
「まーいいか。さて、この臭いはどう考えてもアレだよな?」
「悪い事にな。この中の誰かに案内させる」
「オーケー。それ俺が行っとくから、お前さんは大司教サマの身辺警護に当たっとけ」
「了解、任せた。家に言って風呂の準備をさせておく」
「さんきゅ。あー、コメルシー邸の風呂なんて久しぶりだ。デカくて落ち着くんだよな〜」
コメルシー家の王都邸は現在ぼこぼこにした庭を改装中のため家族は誰も住んで居ないが、社交シーズンだけに、いつ何時主人が帰って来ても良いように使用人が邸内を整えている。遣いを出せばすぐに支度が整うだろう。
「そういや、あの人の素性は他の連中には言ってねんだよな?」
「ああ。知ってる情報は“ヘルギさんの親友”、だな」
「親友なあ。その言葉がこれほど似合わない人間も、、、滅多にいねえな」
口元をニヤッと歪めて、カリソンは襲撃未遂犯の中からリーダーらしき男を乱暴に立たせると後ろ手に縛ったまま連れて行く。
「じゃあ残りはこっちで手伝って貰おうか。強奪も恐喝もそれ以外も、起きたらどうなるか判るな?お行儀良く炊き出しを貰い受けさせろよ」
*****
「すげー!これ、紙っすか?」
ガサガサ音を立てて部隊員が広げているのは、村から送られて来た最新作。第三部隊の執務室ほどはある巨大な紙に食用にならない木の実から搾った油をたっぷり満遍なく塗布してあるのが5枚。「雨続きだと王宮の庭でバーベキューも出来ないでしょう?これをタープに使って」と手紙にあったのを、炊き出し会場の雨避けに持ち出した。遠征を見越して使い勝手や耐久性を確認しておきたかった。
「マディが開発した包帯の、大型版だ。村の皆で作ったらしい」
小型の応急処置キットに封入する為に開発した、傷口に水が滲みない包帯というのか、患部を覆って傷口を保護する貼り帯の技術を応用したらしい。獣皮や毛皮に比べて紙製だから軽いし畳めるし、油を塗ってあるため雨や泥を十分に弾く。なかなか重宝しそうだ。
「驚きました。これは、一体?」
馬車から降りた大司教フュルギエは、軍人の集団と、廃材と巨大な油紙で造った急拵えの馬車留めに目を丸くした。
「部隊長の命により、王国軍第三部隊はこれより安全確保と人命保護の任務に就く!」
掛け声に応じて姿勢を正して右肘を肩の高さまで持ち上げて曲げ、指をそろえ。一糸乱れぬビシリと揃った礼で教会関係者に注目すると、大司教を除く神の徒は一瞬だけたじろいだ。肝の座った大司教が左胸に手を置き答礼すると、周囲もそれを見て弾かれるように慌てて真似をして。
…王国軍人らしい威厳とやらを披露できたのは、ここまでだった。
「あ。こちら噂の、ヘルギさんの友達」
「嘘じゃ無かったろ?」
「マジで?!うわっ実在してた!」
「しかもこんな上品で真っ当な人が?!」
「大司教様?お知り合いですか?」
「なっ!?超!超!偉い人じゃねえか!!」
「マジか!それ俺らも初耳なんだけど?!!」
「なんでそんな人がヘルギさんの友達やってんだよ?!」
「ヤバい薬でも盛られたんじゃ?!え?大丈夫っすか?!」
休みを取って貧民街の炊き出しを手伝いたいという部隊員に訳を訊いた部隊長ダダールは、すぐさま公務にする手続きを取った。今回の任務は挙手制で、他の部隊員に圧力をかけてまで参加したがったのは、全員が村人兼軍人。この時点で奴等の狙いは明らかだ。
「彼らは私の、子供時代の古い友人の、知人でして」
「ご友人の…?」
輪番休日制のため王都に詰めて結婚式に出席していなかった連中は「ヘルギさんの友人」を見てぎゃあぎゃあ騒がしく、教会関係者は滅多に教会を訪れない“不信心な”連中と“高潔なる”大司教との接点がさっぱり見出せず戸惑っている。
「口だけじゃなく手も動かせ」
「やるけど!やってるけど!」
「だって信じられるか?ヘルギさんの友達って!」
「待てよ?ヘルギさんの友達ってことは、第一級警護対象者だよな?!」
「おい!手の空いてる人間は戦闘配備につけ!命に代えても傷一つ負わせるなよ!」
「……あれが皆の中でどのような位置付けなのか、よくよく理解しました」
王国内で高い影響力を有する教会の、頂点から数えた方が早い高位の神官という身分よりも、「ヘルギさんの友達」という一点だけで王族と同程度の重要人物に認定された大司教は遠い目をした。まあ、その想像はおよそ間違っちゃいない。だいたい皆、一度ならずヘルギさんの威圧を受けているし妻や娘の前でだけは躾の行き届いた犬みたいにおとなしいことも知っている。そこに“友人”を当て嵌めて、万が一のないように必死なのだ。
「よーし、雨避け場所が完成したぞ!」
「ほら、粥を貰った奴は向こうに移動しろ!屋根の下なら少しは違うだろ」
「お気遣いに感謝を。皆様に神のご――、今後に、善きことのありますように」
第三部隊は皆が持ち回りで国境に詰めて炊事・掃除・洗濯から水路や道路や橋の修繕まで難なくこなすだけあって、雨の中でも驚いていても、口も手捌きも滑らかだ。そんな部隊員に司祭は頭を下げて何事か言い掛け、慌てて言い直す。
捕縛した連中を使って炊き出しの列を整えさせながらそんな奇妙な光景を眺めていると、遠くからカリソンがハンドサインを送っているのに気付いた。それを読み解けば、我が部隊長以下の数名と、恐らく大司教殿の予想が悪い方に当たっているらしい。最悪な予感ほどよく当たるというのは本当のようだ。
「大司教殿。アタリだ」
ぼそりと耳打ちすると、フュルギエは僅かに眉を顰めて俺を振り返る。何故、自身の意図に気付いたのか、そう言っているようだった。
「俺はヘルギさんと2歳の頃から一緒にいる。大司教殿もかつてヘルギさんと同じ教育を受けたのなら、行き着く結論は同じだろうと思っている」
「ならば」
「このまま放置すれば、この一帯は災いの種になる」




