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ナウル・デライト26歳、夏。~宰相とは~

 宰相の最も重要な仕事は何かと問われれば、折衝(せっしょう)である、と断言しよう。

 折衝とは、問題の解決に向けて互いの要求を擦り合わせ、交渉し、折り合いをつけ、双方の納得できる落とし所を探る営みである。その前段階である「利害の一致しない相手を交渉のテーブルに着かせる」こと。それが納得ずくで行われるように尽力するのが、宰相の腕の見せどころである。往々にして、交渉ごとは始まる前に結論が見えているものだ。

 ゆえに。


「座り心地の良い椅子を、用意してある」


吊り寝具(ハンモック)に慣れたる身なれば狭く硬い椅子は性に合わぬ」


「なれば花はどうか。白百合も大輪の薔薇も、貴殿の望む花揃えよう」


「花は野の花のごときが最上なりと心得る」


 城や教会の屋根に鎮座し下界を睨み、悪しきものを退けるガーゴイル像。それを二つ名に持つ男はその名に恥じぬ恐ろしき形相を対峙する第一部隊長と宰相補佐とに向け、硬質な口調で短く返答する。

 そう、第一部隊長はともかくとして、両者を取り持つ()()()で在らねばならない宰相補佐が、ダルドワーズ・コメルシーとその隣の第三部隊長に()()()()()着席しているのだ。真正面が意味するのは、誤解を恐れず言えば“敵対”。相手に警戒心や緊張感を抱かせる位置関係で、交渉時には避けねばならぬもの。敢えてその場所に座る意図があるとすれば、断れば身分や権力でもって捩じ伏せる用意があると暗に告げる以外には、ない。


「大尉の意志は理解した。国防の面からも、無理に大尉を第一部隊へと異動させる利点は薄いように思うが」


 悪手中の悪手を打ち続ける宰相補佐に代わり場を仕切っているのは国防大臣マロウ伯爵で、ナウルをこの場に呼び出した張本人でもある。彼はナウルの姿を認めると、強い視線を向けて無言で訴えた。



 ―こうなれば、覚悟を、決めよう。



「「デライト侯爵?!」」


 第三部隊側に座ったナウルに、宰相補佐と第一部隊長とが揃って驚きの声を上げた。


「お二方とも侯爵家であろう?対する此方側は伯爵家と男爵家だ」


 これで権力のバランスが取れたと口元だけで笑えば、憎々しげに睨みつけられる。裏切り者、といったところか。


「さて。察しの悪い私にご教示頂きたい。着任以来、国境地帯で数々の武功をあげ、特に夏至祭、冬至祭、建国祭といった祝典前はそれまであった敵方の侵攻も防いでいる。そのコメルシー大尉を、国境警固ではなく常時王都に留め置く理由は、何か」


 コメルシー家と関わりを持ち、当然、ダルドワーズのことも調べている。その功績は評される武功以外にも多く、特に侵攻を未然に防ぎ国の重要な式典を安全に迎えられるのも、彼らのお陰だったのだ。もしも彼が国境から離れれば、好機とみて侵攻する輩がないとは言えない。

 …第三部隊長ダダールの「長期休暇がふいになれば村に帰れなくなるからなぁ」という呟きは、聞かなかったことにしよう。


「これで収まればいいがなぁ。執念そうだ」


 宰相補佐と第一部隊長が去った室内で、ダダールは大きく伸びをしながら言った。


「連中ばかりでは無かろう?」


 マロウ伯爵の問いに、ダダールは大きく頷く。

 以前の国防大臣や軍の上層部が差別主義者の選民思想家であったがためにこれまで隠されていた功績と血統が明るみになり、更には外国要人の警護を任されてダルドワーズ・コメルシーは一躍時の人に。昨年よりの失策続きで評判を落としている第一部隊は宰相を巻き込んで身柄獲得を目論み、ミケーネ国と縁を結びたい家を筆頭に立場や家格に物を言わせた縁談も次々舞い込んでいるという。それを厭うてか、ダルドワーズの表情は硬く口数も少ない。

 眼差しだけで相手を黙らせるその威圧感たるや無言の重圧感たるや!正しく守護神像に相応しい!などと感嘆するマロウ伯爵の傍らでダダールは首を傾げて少し考え、「ああ」と頷いた。


「そうか、大臣も侯爵もマドレーヌちゃん繋がりか。ダルはむしろ今のこの状態が標準だ」


「…()()が?」


 ダルドワーズは顔こそ厳ついが、面倒見が良く親切で、ウイットに富む人間ではなかったか。その疑問がありありと顔に浮かんでいたのだろう。ダダールは困ったように頭を掻いた。


「これまでは家に帰ればマドレーヌちゃんが居るし偶に職場にも遊びに来るから機嫌良く笑うし饒舌だったので、移住組ではない、特に若い連中は初め気味悪がってたな」


「それは…」


 あの家族のひとり娘への溺愛ぶりはよくよく知っていたが、まさかマトモかと思われたダルドワーズもだったとは。

 ただまあ、射殺さんばかりの風貌に恐れをなして第一部隊長らも決定的な発言を喉の奥で抑えたのだから、その点では命拾いしたと言える。もしも身分や家の力でもってコメルシー家や部隊に圧力をかける旨の言葉を発していたら、マロウ伯爵は彼らを国家に対する反逆者と看做して捕縛させていただろう。


「ああ、ダル。炊き出しの手伝いだが、無事に許可が下りた。その旨、大司教殿にも文を出してある」


「炊き出しの、手伝い?」


「貧民街での炊き出しで、教会関係者の安全を確保する任務だ。()()()()


 ダルドワーズの言葉に剣呑な響きを感じ、ナウルはぶるりと身を震わせた。



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