ポルックス・テュンダ24歳、夏。~石に願いを〜
翡翠で出来た小さな鳥を、買った。
指先で容易に摘めるほどのそれを、蔓薔薇が刺繍されたハンカチに包んで、鍵付きの抽斗の奥に仕舞い込んだ。
未だ夢に見るあの笑顔が、じくじくと膿むこの胸の痛みが、早く思い出に変わることを、願って。
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「柔らかな色味だった。お前の瞳に、硬質なエメラルドよりもよほど似ている」
めぼしい宝石類はとっくの昔に売れたか売り先が既に決まっている。そんな時期に正式な婚約を交わした、まだ見ぬ姫君への贈り物に困っていると、前辺境伯一家が懇意にしていた宝石商からエメラルドはないが翡翠ならばあると言われた。
「禍避けの石だというから、普段から身につけられる品にしようと思ってる。でも初めての贈り物には重いかな?」
光を浴びて輝きを放たない半透明の翡翠は王国では価値が低い為に上等な品が入手しやすく、それでいて国によっては災いや不運から持ち主を守ってくれる宝石として金よりも珍重されるという。次回はより多くの翡翠を、色調も大きさも多彩に取り揃えて持ってくると約束し、宝石商は帰っていった。
「御生母様にお伺いしてみればどうだ?東国の姫君だったろう、俺らよりも東国文化に精通している」
「そうするよ。茶会が終わった後で」
「その方が良いな。まったく、義父上も隅に置けない」
息子が後継候補となったこととレオスが妻帯していないことで、最も格上の家から辺境伯家に迎えられたポルックスの母は、テュンダ領の僻地から王都に招聘された。
東国からの帰路、テュンダ領内でも華やかな領都から遠く離れた地に住まう母の家を訪れたレオスは、小国とはいえ一国の王女であった彼女を領都にも置かず冷遇して来たことを深く頭を下げて謝罪した。そうして、女主人として、何より東国から迎える姫君達の心に寄り添うために王都邸に滞在して欲しいと願い、母は「わたくしで、お役に立てるのでしたら」と快諾したのだ。以来、慣れない王都での生活を強いられた母を気遣ってか、レオスは邸内を案内したり2人で茶を飲んだりと親睦を深めている。
「匂い立つ気品というのは、ポルックスの御生母様のことを言うんだな」
カストルの言葉にポルックスは苦笑する。
オリーブ色の肌にダークブロンドの豊かな髪、金と茶が混じった琥珀色の大きな瞳を持つポルックスの母は、その顔立ちから気高く見えるらしく、義父となったレオスも「侵しがたい気品と風格と知性を持つ貴婦人」などと評したが、ポルックスにとっては、のんびりおっとり、いつまでも少女のような浮世離れした女性である。
……ちらりと、ある少女が脳裏に浮かんで消えた。
「東国には、つがいの霊鳥の伝説があるのです。その鳥は孔雀のように華やかな羽と長い尾を持ち、雌雄が揃って空を舞えば乱れた世を救う聖人が現れるとされていますよ」
「ありがとうございます母上。瑞鳥のモチーフならば喜んでいただけそうです」
子供の頃に引き離され、成人までほぼ顔を合わせることなく育ったせいか、母と子の会話はどこか他人行儀で余所余所しい。誰か明るい声で、屈託ない笑顔で、このぎこちなさを吹き飛ばしてくれないか。心の中で何度も願って、その度に振り払って、苦しくなる。それは母も同じらしく、時折、目を伏せて淋しそうに微笑むのだ。
……こんな時、彼女ならどうしたかな?
「母上。故国の話をお聞かせくださいませんか?再び共に暮らせるようになったのですし、縁あってこれからの生を共に歩む姫君と心を通わせるためにも、母上の色々な事を聞きたいのです」
「ポルックス…!」
母の目に浮かび頬を伝った大粒の涙は、母の背丈をゆうに超えたポルックスの中に住む、まだ母の温もりを欲していた幼いポルックスに温かく降り注ぐ。離れて過ごした長い刻が築いた心も壁を溶かすように。
―少しずつでもいい。前へ、進もう。




